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視線の主の正体は…


 放課後となり加江須は日課としている学園終わりのパトロールへと繰り出していた。自分の住んでいる町にゲダツが潜んでいないかどうかを確かめるために。同じ転生者である仁乃とは別行動をとっており、もし大きな力を持ったゲダツと遭遇した場合はスマホで連絡を取るように打合せをしている。低級のゲダツならともかく、前回の戦いでイザナミから亜種と言われていたあのゲダツ女の様な強大な力を持ったゲダツの場合は単独で対処するのは危険だからだ。

 

 基本的に彼が見て回るルートは明確に決まっているわけではない。学園終わりに時間の許す限り町の中の様々な範囲を見て回る。人の気配が多い場所や少ない場所、建物が立ち並んでいる場所や閑散としている場所など巡る範囲は様々である。

 

 「ん…あれは…?」


 人気の多い市街地付近を見回っていた加江須。商店街などが密集していた地域を歩いていると人混みの中に見知った人物が前の方を歩いていた。


 「…愛理?」


 人混みの中で加江須は今朝も一緒に登校していた愛理の姿を見つけた。しかし彼女の姿を見つけた加江須はいささか彼女に対して不自然さを感じていた。

 別段、愛理がこの区域を歩いている事などは何もおかしなことは無い。だが彼女は何やらキョロキョロと周囲をまるで警戒でもするかの様に歩いているのだ。


 誰かを捜しているのだろうか? しかし彼女の表情はまるで何かに怯えているかの様に見える。今朝の様に自分をからかっていた時とはまるで表情の種類が違う。


 「(とりあえず声でも掛けてみるか?)」


 そう思い彼女の元まで小走りで駆け寄ろうとするが、商店街の密集区域と言うだけあり通行の量も多く人だかりのせいで思うように前へ進めない加江須。

 煩わしさを感じつつも愛理のすぐ傍まで近づいて行き、そのまま彼女に声を掛けようとした瞬間――加江須は背中に今朝と同じ殺意に満ちた視線に貫かれた。


 「(なにッ!?)」


 今朝と同様の悪意に満ちた視線を敏感に察知した加江須は勢いよく背後を振り返って殺気を放った人物を捜す。だが、人通りが多くて背後に居た事は判かるが誰によるものなのかは判らなかった。

 

 「(くそ…またあの視線だ…)」


 確証はないが今朝の通学時に感じた視線、恐らくソレと同一人物ではないかと思う加江須。しかし肝心の犯人の姿を見ていないので何とも言えないでいると、人混みの多い中で挙動不審気味の動きをしている加江須の事を行き交う通行人達が奇異の目で見ていた。


 「(ぐっ…これじゃあ俺の方が不審者じゃないかよ)」


 犯人の姿を見ていない以上は下手に動く訳にもいかずに仕方なく殺気を送って来た相手の捜索を断念する。

 小さく咳払いをした後、加江須は前を歩いていた愛理の後を追う事にする。彼女の方でも気になる部分があるからだ。


 「…やっぱり動きがおかしいなあいつ。まるで何かに警戒しているかのような…」


 一時立ち止まったにも関わらず、すぐに愛理に追いつく事が出来た加江須。それは彼女がゆっくりと歩いていたからだ。

 そう、先程見た通りにまるで何かに怯えているかの様、前を歩く事より周囲を警戒する事の方に意識を集中している証拠だ。


 愛理のすぐ後ろまで辿り着いた加江須はそのまま彼女に背後から声を掛けた。


 「おい愛……」


 「!? このォッ!!!」


 加江須が声を掛けた瞬間、彼女は勢いよく蹴りを放ってきた。

 いきなりの攻撃に驚いた加江須であるが、転生者の肉体スペックからすれば簡単に見切れるのでソレを軽々と回避する。


 「あぶっねぇ~。何のつもりだよ?」


 「あっ、加江須君!? ご、ごめん…」


 振り返りと同時に蹴りを放った時の愛理の表情は敵意に満ちた顔をしていたが、声を掛けて来た相手が加江須であると分かるといつも通りの穏やかな表情へと戻った。

 

 「ごめん、急に蹴ろうとしたりして…」


 改めて加江須に謝罪をする愛理。そんな彼女に対して加江須は気にしなくてもいいと言うと、一体どうしたのかを尋ねる。


 「どうした愛理? 後ろから見ていたがお前、明らかに何かに怯えた様な顔をしていたぞ」


 「え…えっと…」


 加江須に質問をされた愛理は少し言うのを躊躇うかの様に言い淀んだが、先程いきなり攻撃してしまった負い目からか肩の力を抜くような仕草を取ると全てを話す事にした。




 ◆◆◆




 加江須と愛理はすぐ近くにあった小洒落た喫茶店へと入っていた。

 二人はそれぞれが顔を向かい合わせられる対面上のテーブルに着くと、愛理は自分が注文したオレンジジュースを飲みながら話しを始めた。


 「断言はできないんだけど多分…1週間ほど前からかな、歩いていると変な視線を感じる様になったんだ」


 彼女が初めて異様な視線を感じたのは学校の通学路を歩いている時であった。その時は自分の気のせいであると済まして気にも留めなかったのだが、それから今日に至るまでに視線を何度も感じて流石に不審に思ったのだ。

 

 「今日も朝の通学の最中にも感じたんだ。何か気持ちの悪い視線を…。今じゃ学校に行く時、そして家に戻るまでは1人じゃ不安で人の気配の多い場所を通っているの…」

 

 「え…じゃあこの近くにお前の家があるわけじゃないのか?」


 「うん…できるだけ人が多い場所を選んで歩いているだけ。今日通っているこのルートだって家に戻るとしたら大分遠回りするハメになるし…」


 「なるほどな…」


 愛理が今朝に自分たちに合流したのはよくある事なので気にも留めなかったが、帰宅の最中に見せていたあの怯えよう、そしてこの辺りを通っていた理由もハッキリとした。そして彼女が何に対して怯えているのかも。


 「それって十中八九ストーカーだろ。もちろんそれ以外の可能性もあるだろうけど…」


 「私もそう思う。でも犯人の姿を見た訳でもないし…」


 そう言いながら困った様に彼女はチューッとストローを吸ってジュースを飲む。

 それから話をさらに深く訊くと彼女も警察などに事情を相談しようとしたそうだが、相手の姿を見ていない以上は相談のしようもないと思い伏せていたそうだ。まあ無理もない、相手の姿を一度も見ていないのであればただの気のせいだと片付けられる事だってあるだろう。


 「しかし視線ねぇ…」


 加江須が窓の外を眺めながら小さな声で呟いた。

 彼は独り言のつもりで言ったのだが二人は顔を近い距離で向かい合わせている為、愛理の耳にも加江須の呟きは十分に届いており気になって口を挟んできた。


 「何? もしかして加江須君も誰かにつけられているとか?」


 「いや愛理とは違…いや、この場合は同じなのか?」


 今朝に続いて今しがたもこの商店街区間で殺意の籠っているかのような粘っこい視線を自分は感じた。自分を見ていた相手は恐らく今朝と同じ人物だろう。そう言う意味ならストーカー被害の愛理と似たような状況かもしれない。


 「……あれ?」


 そこまで考えると加江須は少し不審な点に気付いた。


 確か自分が今朝に学園を登校している最中、仁乃や黄美と一緒に歩いていたらやっかみの視線は常に感じていた。だが、愛理が最後に合流してから今までとは毛色の違う視線をぶつけられた。そしてこの辺りを歩いていた際に愛理を見つけたと思ったらまたあの粘着質な視線をぶつけられた。


 「(いくら何でもタイミングが良すぎやしないか?)」


 加江須がそう思い考えを巡らせていた時であった。店のガラスの向こう側からまたしても濃厚な殺意に満ちた視線を感じたのだ。


 「ッ!?」


 「うあっ、どうしたの?」


 3度目の視線を察知し椅子から立ち上がって窓の外を見る加江須。

 突然立ち上がった加江須に愛理は少し驚いているが、そんな彼女のリアクションよりも外から感じた視線の出所を探った。


 外に目を向けた時、加江須は確かに見た。黒いコートに帽子、そして黒いサングラスをかけたいかにも怪しげな風体の人物を。


 「(……アイツか!!)」

 

 あの陰湿な視線の主を見つけた加江須だが、相手は加江須のリアクションを見てその場から急いで立ち去る。


 「チッ…!」


 人混みに紛れて消えてしまった犯人を見て加江須は思わず舌打ちをした。

 その気になれば加江須の身体能力ならあの人物の後を追う事など造作もない。だが、こんなに大勢の一般人が居る場所でいつもの様に建物や電柱をピョンピョンと飛び跳ねる訳にもいかない。


 「くそ……」


 悔し気味に拳を強く握っていると、加江須の行動に戸惑っている愛理が声を掛けられずに困っていた。


 「あ…わるいわるい」


 軽く謝って席に座り直す加江須。彼は席に着くと今自分が感じた視線、そして店内のガラス向こうに見えた怪しげな人物について話し始める。

 加江須の話を聞いた愛理の表情がみるみる青ざめ始める。


 「うそ、じゃあ外にマジで不審者居たの?」


 「ああ、それで俺が睨んだところ…アイツ、多分お前がずっとつけられていたヤツと同一人物なんじゃないかと思うんだ」


 「え…な、何で言い切れるの?」


 なぜ加江須を見ていた人物と自分をここ1週間ほどつけていた人物が同一なのか尋ねる愛理。少なくとも自分はまだストーカ相手の姿を見た事がないのだ。


 不思議に思って愛理が加江須に訊くと、彼は自分の推測を語り始める。


 「まだ確証はないんだがな。俺が今朝視線を感じたのは朝の登校の時にお前が俺たちに合流した時だ。そしてこの区間でお前を見つけた後にまた感じた。いくら何でも偶然にしては出来過ぎだ。もし…もしお前をつけているのがお前に歪んだ好意を持っているストーカーだとしたら、自分の好きな女と仲良さげに話す男は気に入らず殺意を感じながら俺を見ていたとしたら……まぁあくまで推測の域は出ないが……」


 「いや…でもケッコー頷ける気が…。もしかしたら当たってるかも……」


 加江須はあくまで憶測と言い張るが、愛理には説得力を感じられたようで顎に手を当てながら『なるほど』などと言っている。


 「まあ俺の推測が当たっているかどうかは本人に確かめる方が早いな」


 「え…本人って?」


 愛理が顎から手を離して加江須の事を見る。


 「決まってるだろ。あのクソ野郎を今から捕まえんだよ」


 そう言いながら加江須は拳をパンッと手のひらで叩いて好戦的な笑みを浮かべるのだった。




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