殺意の籠った視線
廃校での戦闘が完全に決着した加江須たち3人はあの後にそれぞれが帰路へとつき、自宅へと戻った。加江須は自室に入るとすぐに着替えてベッドの上へと飛び乗って眠りについた。これまでの中でも一番の過酷な戦闘を行い余裕そうに見えはしたが、やはり彼も相当疲労が溜まっていたようだ。
ちなみに背中に受けた軽傷と血に濡れた衣服は両親にはバレぬように上手く隠しておいた。
それから数日が経過し、加江須と仁乃はいつも通りの平凡な学生として学校へと登校していた。
「うーん…いい天気だ。学校サボって遊びに行きたいな」
「朝の登校で何言っているのよ…」
大きく欠伸交じりに伸びをしながら加江須は空を見上げて胸の内を呟いていると、隣で並んで歩いている仁乃が加江須の独白に対して呆れ気味の視線と声をぶつけてきた。
「なんだよ、別にちょっと口にしただけだよ。俺やお前はゲダツ退治で普通の学生よりも貴重な時間を潰してんだからぼやく位はいいだろ」
「はいはい…」
はぁ~っと溜息を吐いて歩いている仁乃の反応に少し不満を抱いていると、二人の前方に見知った人物が見えた。
その人物に最初に気付いた仁乃が数メートル目の前で歩いている人物へと声を掛ける。
「おーい黄美さーん!」
手を振りながら加江須を置いて、小走りで目の前を歩いている黄美へと駆け寄る仁乃。
向こうの方も仁乃の声に反応し振り返り、相手が知り合いである事を知って笑顔で挨拶をした。
「おはよう仁乃さん」
「ええおはよう。学校まで一緒に行きましょう」
黄美の隣に並んで一緒に歩く仁乃。その二人を後ろから眺めつつ歩く加江須。
「(あの二人…本当に仲良くなったよなぁ…)」
当初二人は加江須を巡って激しい言い争いにまで発展した程の険悪なムードを漂わせていたが、今となっては二人が仲良く笑い合う姿を見かける事の方が遥かに多かった。
「(でも不思議な関係だよな…)」
二人が友人となった切っ掛けは自分の存在であった。
1人は自分の幼馴染として、そして1人は同じ転生者としてそれぞれの理由で自分は二人と出逢った。そして…あの二人は自分に対して好意を抱いている。そう考えると本当に二人は不思議な関係だと思った。両者はそれぞれ自分を好きだと言っておきながらも険悪な関係にはならず、傍から見れば恋のライバルと言う関係には見えないだろう。
そして、目の前の二人を見ていると未だに答えを出せずウジウジと迷い、そして悩んでいる自分が情けなくなってくる。
「(いつかは二人の想いに対する答えを出さなきゃならない。いつまでも待たせ続けちゃいけないよなぁ……)」
そんな事を考えていると前の方を歩いている仁乃から名前を呼ばれた。
「加江須、なにモタモタと歩いてるのよ。早く歩きなさいな」
「はいはい…」
少し億劫そうな感じを出しながら返事をして前の二人に合流する加江須。
加江須が黄美の隣へと移動すると、彼女は笑顔で挨拶をして来た。
「おはようカエちゃん」
「ああ、おはよう」
それからは三人で軽い談笑をしながら学校を目指して歩き続ける。その際に加江須はやっかみの視線を周囲の男共から向けられているが、もう慣れた様で特にその視線に反応を見せずに歩き続けていた。
それよりも加江須が気になったのは、周囲よりも隣で歩いている黄美の方であった。
「…黄美…どうした?」
「え…何が?」
首を傾げて加江須の事を見る黄美。加江須が何に対してどうしたと訊いているのか分からず疑問を抱いていると、改めて加江須が質問をした。
「いや、何だか少し元気なさそうだと思ってな…」
「! い、いや何でもないから気にしないでカエちゃん」
一瞬、本当に一瞬だけだが表情に現れた黄美。しかしすぐに先程までと同じ落ち着いた表情へと戻り加江須に対して笑顔で何でもないと返してきた。だが今一瞬見せた反応だけでなく、今も自分に向けている笑顔が僅かに曇っている様に加江須は見えた。
「悪い、少し考えすぎたみたいだ。忘れてくれ黄美」
とりあえず黄美に対して軽く自分の勘違いであったと謝りまた先程までと同じく軽い談笑を始める三人。しかしこの時、加江須が黄美に対して違和感を感じていたのは彼の気のせいなどではなかった。今日の朝、彼女はある悪夢を見て気分が沈んでいた。だが加江須や仁乃にいらぬ不安をかけたくはないと思って少し無理に明るく振舞おうとしていたのだ。
三人が話しながら歩いていると、そこへ背後から新たな人物が声を掛けて来た。
「三人ともおはよーさん!」
背後から元気よく挨拶をして来たのは愛理であった。
彼女は小走りで駆け寄って来てそのまま黄美と仁乃の背中に張り付くように二人の肩に手を置いた。
「おはよう愛理さん。朝から元気ねぇ…」
「えーっ、私からすれば仁乃の方は少し元気ないように見えるけどぉ。もしかして低血圧?」
朝一から大きな声を耳元で浴びせられげんなりとしている仁乃に対し、悪戯っ子の様な笑みを浮かべてからかう愛理。
加江須と黄美との仲を修正しようとした過程で知り合った愛理も今は仁乃とも仲良くなっており、互いに名前で呼び合う程の良好な関係となっていた。ちなみに仁乃だけでなく、自分とも黄美との仲直りの一件以降はそれなりに仲の良い友人関係となっていた。
「それにしても朝から魅せてくれますなぁ加江須クン。両手に花で通学とはねぇ~」
「う、うるせ…」
口元を隠して笑いながら笑う愛理を隣で諫める黄美。
しかし初めての彼女との出会いを思い返してみると、あの時は黄美の為に奔走していた懸命な姿しか見ていなかったが、普段の彼女は今の様に少しはっちゃけた姿をよく見せて当初のイメージとは随分とかけ離れた姿に初めは少し違和感が拭えなかった。
人数が増えて4人となって学園までの残り短い距離を歩いていると、今まで無視していた周囲の嫉妬に満ちた視線がそろそろ露骨となって来た。
「ちっ…見せびらかしやがって」
「ざっけんなよ。クソ…転んで恥かけ…!」
学園が近づくにつれて通学路ですれ違う生徒の数も必然的に増え、そうなれば当然加江須に向けられる男共の妬みやひがみの籠った視線の数も増える。愛理が加わったあたりで流石に嫌気がさしてきた加江須は大きなため息を吐いた。
――その直後、加江須は背中を突き刺されたかの様な視線を感じ取った。
「!?」
勢いよくバッと背後に振り返って自分に突き刺さる視線の発生源を探る加江須。
「(なんだ…今の視線は…)」
今自分が向けられた視線は周囲の男子の様な小さな嫉妬の視線ではなかった。もっと攻撃的…いや、殺意的とすら言えるほどの強烈な視線であった。
加江須は周囲を探ってみるが別段怪しげな人影は見当たらない。いや、もしかしたら自分が振り返ったと同時に姿を消したのだろうか?
加江須が謎の視線を気にして周囲を見回していると、前を歩いていた仁乃たちが彼の不可解な行動に疑問を投げかける。
「何してるのよ加江須? 早く学校行くわよ」
「…ああ」
最後に周囲を軽く見まわした後、背を向けて仁乃たちと合流して学校を目指し再び歩き出す。
今度は背を向けて歩いても、もう先程の刃物で刺されたかのような視線を感じることは無かった。
◆◆◆
学園の昼休み、屋上に集まった加江須、仁乃、黄美の3人は仲良さげに昼食を取っていた。3人はそれぞれが弁当箱を開いて食べていたが、加江須の食べている弁当は仁乃や黄美とは違って持参した物ではなかった。
「いやー悪いな仁乃。本当に弁当を作ってもらって」
「べ、別にいいわよ。約束していたわけだし…ついでなんだからね…」
以前この屋上で仁乃は加江須に手作りの弁当を作ってきてあげる、と言う約束をしており今日はその弁当を加江須へと持ってきてあげたのだ。
仁乃の手作り弁当は見た目も鮮やかで味も抜群であり、そして尚且つ栄養バランスもきちんと計算されている見事な物であった。
弁当箱に入っている唐揚げを摘まんで口に入れる加江須。醤油で味付けをされ柔らかな鶏肉がとても美味で仁乃に味の感想を言う。
「本当に美味いな、お前の作ってくれた弁当は。ありがとな本当に」
「つ、ついでなんだから別に褒めなくてもいいわよ」
加江須に褒められ少し照れ臭そうにしながらも口元が僅かに緩んでいる仁乃。
そんな二人のやりとりを見ていた黄美は少しむくれながら加江須に話し掛ける。
「もうカエちゃん、私だって自炊出来るんだから仁乃さんばかりに作ってもらわないでよ」
そう言うと黄美は自分の弁当箱の中から卵焼きを箸で摘まむと、ソレを加江須の口へと少し強引に押し込んできた。
「むがっ…あ、美味い…」
黄美が食べさせてきた卵焼きは恐らく砂糖を混ぜられたのか、とても甘味に施されておりこちらも仁乃の弁当の中身に負けず劣らずの味付けであった。
加江須に美味いと言われ気分が良くなった黄美は身を乗り出して加江須に提案して来た。
「これからは私も作って来るから仁乃さんと交互に食べてよ。仁乃さんもそれでいいでしょ?」
「う…いいけど…」
屈託のない笑顔で黄美に見つめられ素直に頷く仁乃であったが、本音を言うなら好きな人に自分の手作り弁当を食べ続けて欲しいと言う願望があったのだが、仁乃も黄美が加江須の事を好いている事はすでに知っているので無下にするようなことは出来ずに頷く他なかった。
そんな彼女とは違って黄美は加江須に笑いながら明日は自分が弁当を持参してくる事を楽しげに話している。
「明日は私が自炊して来るからカエちゃんも楽しみにしていてね」
「ああ、ありがとな」
「気にしないでいいからね。未来の夫婦生活の為の花嫁修業のつもりで私も腕によりをかけて作って来るからね♪」
「「ぶっ!!」」
黄美のセリフを聞いていた二人は口に含んでいたお茶を思いっきり吹き出して同じリアクションを取る。
「黄美さん、変な事を言わないで!!」
むせ返しながら仁乃が苦し気に黄美に抗議を送るのだが、そんな彼女の事を笑いながら黄美は仁乃の耳元で囁いた。
「まあいいじゃない。仁乃さんだって未来の夫婦生活の事を考えて料理をすれば楽しいと思うわよ。私は今でもカエちゃんが私と仁乃さんの二人を一緒に愛してくれる事を本気にしているんだから」
「だっ、だからそういう事を言わないの」
そばにいる加江須に聞かれぬように小声で話す二人であるが、ここで仁乃は転生者である加江須ならばこの距離、この程度の囁き声位は拾えると思って横目で彼の姿を確認する。
「んん…ごほっ…」
仁乃の推測通り加江須の耳には二人の会話は筒抜けであり、恥ずかしそうに咳払いをして視線を逸らしていた。
「(もう~…! 何で言い出しっぺの黄美さんより私が恥ずかしい思いをしてるのよ!!)」
熱くなった顔と体温を冷ます為、水筒のコップにお茶を注いで仁乃はソレを一気に飲み干すのであった。




