廃校での戦闘 変わる気配
二つの拳の激突は周囲のゲダツを吹き飛ばし、ゲダツ達に囲まれていた洋理の体も浮き上がり吹き飛ぶが、入り口付近で様子を見ていた氷蓮が洋理の体を受け止める。
いたぶられていた青年を氷蓮が受け止めた事を確認すると加江須は彼女に向かって叫んだ。
「氷蓮、そいつを連れてこの場から離れろ!! 巻き添えにしかねない!!」
「チッ、結局ここから戦わず離れんのかよ!!」
文句を言いつつも今は大人しく加江須に従う氷蓮。彼の言う通りこの場に一般人である洋理を置いておけば確かに巻き添えで死にかねない。ただでさえ瀕死の状態なのだから猶更だ。
「たくっ、行くぞ不良A!」
そう言って彼女は洋理を抱えながら空き教室を出ようとする。
だが、そうはさせまいと拳の衝突で吹き飛んでいたゲダツ達が牙をむきながら氷蓮の方へと走ってくる。
「失せろ!!」
だが氷蓮が展開した氷柱の群生が迫りくる狼型のゲダツを貫き、ゲダツ達は光の粒となり果てる。
教室をそのまま出て行く氷蓮。そんな彼女の後姿をゲダツ女は腕を組んで一瞥するだけで後を追おうとはしなかった。
「いいのかよ、黙って行かせて…」
むざむざ逃げる氷蓮に手を出そうとしなかった女に加江須がそう言った。
しかし女は氷蓮に逃げられた事を大して気にもせず、加江須から目を離さずに口を開いた。
「心配ないわ。彼女を取り逃がしても別に私には何の問題も発生しないわ。むしろ、アナタから目を離して隙を見せる方が万倍危ないわ。それに……」
女は口元に手を当てながら加江須の顔を見て小さく笑う。
「あなた達って仲良しこよしと言った感じが強くするからね。もしかしたらあの娘、後でまたアナタを助けに戻って来るんじゃないかしら?」
「……そうなる前に仕留めるさ」
加江須はそう言うと拳を強く握る。
それに合わせ女の方も組んでいた腕を解き、同じように戦闘態勢へと身構える。
「………」
「………」
両者無言のまましばし睨み合い、その目線のぶつかり合いが10秒ほど経過した瞬間に二人は全く同じタイミングで前の相手に仕掛けた。
「燃えろ!!」
加江須は拳に炎を灯して女の顔面へと躊躇なく拳を放った。
メラメラと燃えているパンチが顔面へと迫るが、女はその燃えた拳を素手で躊躇う事もなく受け止め、そのまま拳を強く握って離さない。
「ほぅら!!」
自身の手が炎であぶられているにもかかわらず笑顔を浮かべたまま蹴りを放つ女。
加江須は横っ腹に向かって来た蹴りを片腕でガードし防ぐが、蹴りが受け止められたと同時に女の顔から狼型のゲダツが飛び出してくる。
「ぐっ! なんだそりゃ!?」
顔面から分裂体を飛び出させて来ると言う奇抜すぎる攻撃に一瞬反応が遅れるが、超人的な反射神経でガードしていた腕で飛び出て来たゲダツの顔面を殴って陥没させる。
分裂体を倒すことは出来たのだが、その為にガードに使っていた腕を解いてしまった加江須。その隙を逃すほど目の前の女は甘い存在ではなかった。
「隙あり♪」
楽しげな声で再び蹴りを放つ女。その蹴りは先程よりも速く、空いた左横腹に蹴りがモロに叩きこまれた。
「がっ…!」
蹴りの勢いに沿って右方向へと体が吹き飛んでいく加江須。空き教室のドアをぶち破りそのまま廊下の壁際へと叩きつけられる。
横腹に鈍痛が響き、更に口からは少量の血が零れる。ゲダツとの戦闘に置いて初めての吐血をする加江須。
「くそっ!」
すぐに体制を整えようとする加江須であるが、顔を向けたその時には女の追撃の蹴りが顔面へと迫っていた。
だがつま先が顔に届くよりも早く加江須は女の脚を両手で掴み、そのまま掴んだ脚を引っ張りその場で勢いよく女の体をジャイアントスイングの要領で大きく回す。
「そぅらッ!!」
勢いをつけた女の体を廊下の直線上へとぶん投げる。
無防備な状態で頭から廊下の床へと叩きつけられ、全身を数度バウンドさせながら転がって行く女。
「いったいわ…」
顔を上げて加江須を睨みつける女であったが、彼女が見たのは加江須の顔ではなく彼が放った赤とオレンジの入り混じった炎であった。
女の体を投げ飛ばしたとき、既に加江須は特大の火炎砲を床に転がって行く彼女目掛けて放っていたのだ。
加江須の両手から放たれた火炎砲は女の体をモロに捉え、そのままドリルの様に真っ直ぐ突き進む炎の砲は女の体を巻き込みそのまま廊下の一番奥まで吹き飛ばした。
――バギャ!!
一番奥の壁まで吹き飛ばされた女であるが、加江須は今もなお両手から炎を噴出し続けており、そのまま壁を突き破り女は学校の外へと吹き飛んでいく。
「(逃がすかよ! このままトドメまで行く!!)」
神力を脚に集中して一気に廊下の奥まで跳躍する加江須。そのまま空中へと放り出された女を追うべく彼は壊れた壁から外へと飛び出す。
空中を飛び出し下を見ると、そこには加江須の放った火炎砲で吹き飛ばされた女が地面へと落下していく姿が見えた。
「これで最期だ!!」
加江須はそう叫ぶと、両手を頭上に上げて炎を一点に集約し始める。
空へ向かって上げられた両手の真上には特大の炎の玉が形成され、それを勢いよく眼下の女へと叩きつけてやる。
メラメラと燃え盛る太陽の様な火炎玉は落下中の女の体を飲み込みそのまま地面へと落とされる。
「…やったか?」
加江須はそう言いながら重力に従い落下し、そのまま地上へと着地した。
小雨で濡れた地面のせいで少し足元のぐちゃっとした感触にいささか嫌悪感を抱きつつも、自身の攻撃で地面へと叩き落された女がどうなったのかを確かめる。
土煙のせいで姿は見えないが、相手の姿は見えずとも加江須の表情は険しさを増していた。
「……しぶといな」
まともに自分の攻撃を直撃させる事は出来たが、土煙の向こうからは未だにあの女のはなつ禍々しい気配は消えずに健在していた。いまの特大の火炎玉を受けてなお、あの女は光にならず生き延びている事を理解し加江須は視線を決して逸らさず敵の攻撃に備える。
――次の瞬間、粉塵の奥から感じる気配の種類が変わった。
「な…これは……」
粉塵の奥底から今までで一番重く、そして吐き気すら感じる邪悪な気配が放たれた。
◆◆◆
洋理を抱えて空き教室を出た氷蓮は3階から1階まで移動していた。
玄関の近くまで移動をしていた氷蓮であったが、上の方の階からなにやら凄まじい轟音が聴こえて思わず足を止めてしまう。
「おいおいおい……大丈夫なんだろうな加江須のヤツ。それに…コイツの方も……」
自分が抱えている洋理を見ながら氷蓮は少し不安げに呟く。
いたるところがボロ雑巾の様に傷つき、左脚を始め多くの骨が折れており出血も酷い。それに先程からほとんど洋理は口も開いてすらいないのだ。今にも消え入りそうな脆弱な呼吸音だけが氷蓮の耳に聴こえる。
「(くそ、マジでこのままだと死んじまうんじゃねぇのか?)」
しかし自分には彼の傷を治す類の治癒能力は持ち合わせてはいない。自分と共にこの廃校に居る転生者、仁乃と加江須にもそのような力は皆無だろう。
「くそ、余羽のヤツがここに居ればなぁ…」
自分が居候させてもらっている転生者の顔を思い浮かべる氷蓮であったが、愚痴ったところでこの場に彼女はいないのだ。この場に存在しない者の事を考えている位なら今自分に出来る事に思考を集中しようと考える。
だがその時、彼女の思考を遮る程の重苦しい気配が彼女の全身を覆った。
「な…なんだよこれ…!?」
自分の居る廃校内ではない…。この廃校の外の方からまるでまとわりつくかの様な粘着性を感じる、どこかねばつく気配を感じ取った氷蓮。
「あの女か。ちっ、気色わりぃ…大丈夫なんだろうな加江須のヤツ…」
今、自分が感じているこの気配は間違いなくあのゲダツ女の物だろう。この廃校の門をくぐった時からあのゲダツ女から感じる圧はとてつもない程に大きかったが、今自分にのしかかる気配は大きさ以上に得体のしれない気味の悪さが含まれている。
「嫌な予感がすんな…」
この邪悪な気配をまき散らしている女と1対1で今も戦っている加江須の事を心配しつつ、氷蓮は抱えている洋理を少しでも安全な場所に置いておく必要があると思い、仁乃の休んでいる物置を目指し再び脚を動かし始めた。
◆◆◆
「な…なによこれ…!?」
体力の消耗が限界の近くまで来ており物置で休息を取っていた仁乃も氷蓮同様にゲダツ特有の気配を感じ取っていた。その気配の発生源は廃校の中でなく、自分が今いる場所から少し離れた野外から感じる。
肌にねばつく気配――殺意が色濃く混じっている気配……。
「これってあの女の気配よね? でも…今までよりもさらに大きくてどす黒い…」
かつてないほどの強大な力を感じ取った仁乃。
その時、彼女の脳裏に嫌なビジョンが浮かび上がって来た。
「か、加江須…」
彼女の脳裏に浮かんできたのはこの膨大な力を放っている女と戦っている加江須。しかしそんな彼が返り討ちに遭い地面で血濡れになって転がる…そんな嫌なイメージが一瞬脳裏を駆け巡ったのだ。
「……ぐっ、休んでられないわ!!」
自分の頭に浮かんだイメージを頭を左右に振って払拭すると、彼女は立ち上がってこの吐き気を催す気配の発生地点にまで向かおうとする。
だが仁乃が立ち上がると同時に遠くの方から聞き覚えのある声が聴こえて来た。
声のする方向に目を向けるとそこにはこちらに近づいてきている氷蓮の姿があった。しかも彼女の腕にはなにやらぐったりとしている青年が抱えられている。
「氷蓮! あんた加江須と一緒に行動していたんじゃないの!?」
「そうしてたさ! でもコイツのお陰で別行動取らされたんだよ!!」
氷蓮はそう言いながら物置の壁に洋理をそっと置き、仁乃と別れた後の出来事を話し始めた。
「じゃあやっぱりさっき逃げた不良達は彼以外はもう…」
「ああ、どうやらコイツ以外の不良共はあの女に殺されたとみていいだろうな」
氷蓮は死に体で横になっている洋理を見ながらそう言った。
唯一生き残った洋理の全身は酷い怪我具合であり、思わず仁乃は余りの痛々しい姿に目を背けてしまう。
そんな仁乃の様子をしばし見つめる氷蓮であったが、すぐに顔を引き締めると彼女に言った。
「仁乃、お前も感じてるよな? 少し離れた場所から感じるこのどす黒い気配…」
「そりゃ…こうも纏わりつく気配、転生者なら誰でも感じるんじゃないの? 今も感じてるし……」
仁乃は洋理から目を離し、気配を感じる方へと顔を向ける。それに氷蓮も続き同じ方角を見る。
「加江須の力は知っているけど…1人じゃ不味いかもね。私たちも行きましょう」
「そうしたいけどよ…コイツはどうする?」
氷蓮は親指を後ろに差し、物置の壁に背を着けて気を失っている洋理をどうするか仁乃に訊く。
「この付近にゲダツの気配は感じないわ。少し心苦しいけど物置の中で寝ててもらいましょう。外に放置しておくよりは安全でしょう」
「このまま置いておいてもいい気がするけどな。ま、いいわ…」
仁乃の提案に頷くと氷蓮はそっと洋理を抱きかかえると物置の中に入り彼を横にする。洋理は未だに気を失っており運び終わっても眠り続けている。
「まぁ、ちょっと待っててくれよ。戦いが終わったら迎えに来るからよ」
意識の無い洋理にそう言うと氷蓮は物置の戸を閉め外に出る。
「…よし、行くか」
氷蓮が仁乃に短く確認を取ると彼女も一言『ええ』と短く返答をする。
「体力の方は大丈夫かよ貧弱ガール」
「休ませてもらっておかげさまで…そっちこそまだ体力は尽きてないんでしょうね」
二人は互いに軽口を言い合った後、その場から一気にゲダツの気配が集約している場所へと高々と跳躍をした。




