余羽の初戦闘
学園を出てから余羽は近所のゲームセンターに赴いていた。
店内に入ると様々なゲームの音楽や遊びに来ている者達の賑やかな声が飛び交っており、大勢人間の居る学園以上に騒がしい。
「久々に入ったなぁ…何やろっかな?」
鞄から財布を取り出し、そこから百円玉を握りしめ自分が興じるゲームを選び始める余羽。
しばらく歩き回った後、最初に目に入ったのはクレーンゲームであった。
「このぬいぐるみ可愛いじゃん。とりあえずチャレンジしてみますか」
百円を入れ、ボタンとレバーを駆使してぬいぐるみを取ろうと頑張ってみるが……。
「ああもうギブ!」
腹いせに床を一度強く踏んでぬいぐるみの救出を断念する余羽。
かれこれもう千円使ったがまるでとれる気配が無い。このゲームセンターも商売なのはわかるがもう少し取りやすくしてくれても良いとは思うが……。
「はぁ……んん?」
余羽がクレーンゲームから離れて行くと、そこに入れ替わるかのように自分と同い年位の少女が挑戦をする。
「(無理無理、それ取れないよー)」
言葉に出さず視線でそう伝える余羽であるが、別に自分がお金を使う訳ではないのだ。あえて口には直接出さずその場を立ち去ろうとしたが……。
「ヨッシャ取れたぜ」
「(なにぃ!?)」
顔だけ振り向いて声の方を見る余羽。そこには自分がどれだけチャレンジしても手に入れられなかったぬいぐるみをその少女は手に持っていた。
「ラッキー、あのじゃじゃ馬おっぱい星人はぬいぐるみが好きだって加江須にメールでこっそり教えてもらってるからなぁ。いざと言うときはコレ使って取引とかできそうだ」
何やらぬいぐるみを持って一人喋べりながらその場を立ち去って行く少女。
「(くっ…転生者たる私が苦戦したぬいぐるみを一発で……なんか屈辱だわ)」
自分がそれなりの金額を使った後にすんなり取られると少しカチンと来てしまうが、気を取り直して別のゲームでストレスを取り除こうと再びゲーセン内を歩き回った。
「…これでもやろうかな」
余羽が選んだのはシューティングゲームであり、よくあるゾンビなどを備え付けの銃で撃っていくタイプの物だ。
お金を入れて銃を手に取り、ゲームをスタートする余羽。
「うらうらうら!!!」
ガンッガンッと銃声を轟かせながら画面に出てくるゾンビを撃って行く。
この手のゲームは大抵途中でやられてコンテニューする為に何度もお金を投入するものだが、今の彼女の反射神経からすればゲームのゾンビ退治など容易い事であった。
画面に出て来たゾンビは出た次の瞬間には撃ち抜かれ、ここまで一度もゾンビに攻撃を受けずにゲームを進めて行く。
余羽の巧みな銃さばきに見物人が次々と集まって来た。
「おおすげー、ここまで一度も攻撃受けてないぞ。ハイスコアだ」
その後も一度も画面のゾンビに攻撃を受けずゲームは進んでいき、結局彼女はノーダメージのままクリアをした。
「ふう…」
銃口にふっと息を吹きかけて恰好をつける余羽。
手に持っていた銃を元の位置に戻して振り返ると、見物していた者達が余羽に拍手を送った。
「凄いなお嬢ちゃん。ノーダメでクリアした奴なんて初めて見たぜ」
「やるなぁ。かっこいいぜ」
周りに居た者は見た感じ自分と年の近い者達ばかりであった。恐らく自分同様学校帰りの生徒が大半なのだろう。
ゲームとは言え年齢の近い者達に羨望の眼を向けられるのは気持ちよく、少し恥ずかしそうにしながらも意気揚々とその場を離れて行く。
◆◆◆
ゲームセンターを出た後、余羽は自分の家を目指し歩いていた。その際、彼女は先程のゲームセンターや学園での体育の際の事を思い返していた。
「はあ…まさか私がこんなに注目されるなんて……マジ転生最高♡」
うっとりとした表情で余韻に浸りながら歩いていると、不意に何やら視線の様なものを感じた。
「(…何? 今の背中に水をかけられたみたいな感じ……)」
振り返っても誰も居らず、正面を向いても誰も居ない。
少なくとも周囲には人の気配は感じず、その姿も見えない。
――次の瞬間、真上から嫌な気配を感じた。
「ッ!?」
上空を向くとこちらに何かが落下して来た。
その時、彼女の脳裏には死の直前に見た赤い鉄骨が浮かんできて、一瞬だが身体が硬直しかける余羽。
「……まずっ!」
しかし生前とは違い強化された身体能力を駆使してその場から後方へと飛び退いた。
彼女がその場から立ち退いたと同時にそこへ不気味な存在が降り立った。
「な、何よコイツ…」
余羽は目を白黒させながら目の前の存在を見た。
それはこの世の物とは思えないおぞましい姿をした化け物であった。
何やら黒い体毛に覆われた二足歩行の獣。しかしそれは明らかに異形な外見をしており、間違っても動物園などに居る様な動物ではない。
口元からは大きな牙をはみ出しており、そこからはダラダラと涎をこぼしてこちらを見ている。
「な、何よこの化け物は…」
パニックに陥る彼女であるが、ここでようやく余羽はイザナミに言われていた事を思い出した。
「まさかコレがゲダツ!? こんな化け物だったなんて!」
そもそも自分が転生させてもらった根本の理由はこのゲダツを退治する為だと言われていたが、正直余羽自身にはその気は全くなく、イザナミに言われていたその辺に関しては適当に聞き流して頷いていた。
「まさかこうしてバッタリ出会うなんてね。ど、どうしよう」
「グガァッ!!」
どうしようかと考えを巡らせていると目の前のゲダツは大きな腕を振りかぶって鋭利な爪を持った腕を振り下ろしてくる。
「あぶっ!?」
その攻撃を紙一重で回避する余羽。それから連続でゲダツは凶悪な爪で切り裂こうと攻撃を繰り出して来るが、よく見れば動きを見切れるのでソレを全て回避する余羽。
攻撃を避けつつ余羽はタイミングを見計らってカウンターで攻撃を繰り出した。
「喰らいなさいな!!」
そう言って余羽は腹部に蹴りを入れる。
ド素人丸出しの蹴りではあるが、神力で強化されているので威力は大きくゲダツが後ろへと吹き飛ばされる。
「はは、なによ。思ったより楽勝じゃない」
吹き飛んだゲダツを見て思わず笑いが漏れてしまう余羽。
見た目は凶悪でも実力に関してはそこまで脅威にならないと思い余裕を取り戻し、調子づいた彼女は腕をクイクイと折り曲げ挑発までし始める。
「ほらほらゲダツちゃん、どうしたのかしら?」
小馬鹿にした様な笑い声を出しながら挑発をしていると、それを理解したのかどうかは定かではないがソレにこたえるようにゲダツが再びこちらへと走って来た。
「見えるわ!」
しかしもう相手の動きに目が慣れ余羽の方もゲダツへと向かって行き、ゲダツの振り下ろす腕よりも早く蹴りを顔面に見舞ってやった。
余羽の蹴りは綺麗に顔面へと入り、ゲダツの鼻から赤い血が噴き出る。
「(なになに? マジで楽勝じゃん!)」
このまま一気に畳み掛けようとするが、次の瞬間に彼女の血が凍った。
目の前のゲダツの姿がドンドン消えて行ったのだ。
「はあッ!?」
止めを刺そうとしていた足を止めてその場から後方へと飛び退く余羽。
彼女は今までの余裕顔を消し、目を見開いて目の前のゲダツを見据えるが、その1秒後にはゲダツは完全に姿を消した。
「な、なによソレ。透明人間…いや透明ゲダツ? あいつ等ゲダツも特殊能力を持っている訳?」
前方に意識を集中して目を凝らすがやはり相手は透明であるため姿は見えない。中途半端に姿が薄れているなどではなく、完全に見えないのだ。
「くっ!?」
このまま突っ立ていては不味いと予感して後方へと跳ぶと、その直後に先程まで居たその場所の地面が砕け散った。姿は見えないがゲダツが拳でも振り下ろして攻撃をして来たのだろう。
「(不味い不味い不味い! 相手は私が見えているのに私は相手が見えないなんて反則でしょ!? 私の手に入れた特殊能力は戦闘向きじゃないってのに!!)」
明らかにこちらに分の悪い戦いにこの場から離脱しようとすら考え始める余羽であるが、背後から殺気を感じ振り返った。
――その直後、余羽の腹部が鋭利な刃物で切り裂かれたように出血する。
「がふぁっ!?」
吹き飛んでいきながら腹部から血を流す余羽。
そのまま地面へと転がって行き、大分遠くまで飛ばされる。
「ぐっ…いっ…!」
地面をバウンドして体のあちこちを打ち付けてしまう余羽。
しかし全身の打撲よりも彼女は切り裂かれた腹部を押さえながら蹲る。
「ぐう…いた…あつ……」
腹部からは血が零れ、痛み以上にまるで焼き付くような熱さを感じる。
そのままその場で動けずにいると、今まで姿を消していたゲダツが姿を現してこちらへと近づいてくる。
「(ぐっ…ヤバいって…)」
何とか立ち上がろうとする余羽であるが、彼女が立ち上がるよりも前にゲダツは彼女のすぐ間近まで迫っており腕を振り上げていた。
「くっ、ちょっとタイム!」
口から微かに吐血しながら叫ぶが、その懇願も虚しくゲダツは止めを刺すべく腕を振り下ろしてきた。
蹲りながら恐怖に目をつぶる余羽であるが、ゲダツが振り下ろした腕が直撃する直前――ゲダツの右腕に氷柱が突き刺さった。
「ガルゥアアアアッ!?」
貫かれた腕を振り回しながら叫び声を上げるゲダツ。
蹲りながらもゲダツの腕に刺さっている氷柱を余羽は観察し、その氷柱が飛んできた方向に視線を向けた。
彼女から10メートル程離れている場所に1人の少女が立っていた。
「え…あの娘って…ごほっ」
自分の視線の先に居た少女、それは余羽も知っている人物であった。
その少女は右腕に氷を纏っており、左手にはぬいぐるみが握られていた。
「たくよぉ、ゲダツの気配を感じて来て見りゃ随分危機一髪みてーなシチュじゃねぇの」
そう言いながら少女はぬいぐるみを道の端に置き、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてゆく。
「そこで倒れているお前、ちょっと待ってろよ。すぐにそこのゲダツぶっ殺してやるからよ」
そう言いながら彼女、氷を操る転生戦士の氷蓮は自信満々に笑った。




