壊れ行く親友の真相を探れ
休日明けの学園では、1人の少女が同じクラス内にいる〝ある少女〟の事を心配そうな眼差しで見つめていた。その少女の名は紬愛理。
そして彼女が心配そうに見つめている人物は前の席で座っている彼女の友人である黄美であった。
「………」
自分の席に座っている黄美はまるで気力を感じない表情をしており、普段の明るい彼女を知っている愛理からは別人の様にすら見える。
「(黄美…ホントどうしちゃったのよ…)」
愛理は自身の机の下で両手を強く握りながら友人の変わりようを嘆いていた。
このクラスの中で彼女の様子の変化に気づいているのは恐らく愛理だけだろう。その理由は彼女が自身の苦しみを胸の内に押し隠しているからだ。
気力の無い、どこか力を感じられない表情をしている黄美であるが、クラスメイトが挨拶をすると彼女はいつもクラスで見せる笑顔に切り替えて挨拶を返すのだ。
いつもと同じ様に受け答えをする。それ故にクラスの皆は黄美が苦しんでいる事実すら認知していない。
だが、彼女の親友である愛理には嫌と言うほどわかってしまう。あの…光を宿していない瞳を見てしまえば……。
我慢が出来ず愛理は席を立つと、黄美の座っている席に近づいて不安そうにしながら声を掛ける。
「ねえ黄美……大丈夫?」
「何のこと愛理? 私はいつも通りよ」
返って来たその受け答えを聞いて愛理は思わず歯噛みしてしまう。
黄美の親友である自分は彼女の異変に気付き、その当日から何があったのか事情を尋ねるも黄美は今と同じ様なセリフしか言わない。何に対して苦悩をしているのか、その真実を決して話そうとしない。語ろうとはしないのだ。
「……何か悩んでいるなら話してね」
「ええ、でも心配しなくても私は別に悩んでないわよ?」
このやり取りだってこれで通算何度目だろうか?
何かに対して苦悩しているはずの友人に自分は何も出来ず、最後は諦めて向こうから話すのを待ち続けるだけ。
最初は愛理も少し強引になってでも何を悩んでいるのか聞き出そうと躍起になった。しかし決して黄美は答えようとはしなかった。そして最後は今のやり取りの様、向こうからの返答を待つだけしか出来なかった。
「(私は別に何も悩んではいない? うそ…そんなの絶対に嘘に決まってるよ)」
もうこれ以上はとても今の不安定な友人の姿を見てはいられなかった。しかし彼女の悩んでいるその根底にある問題が何か分からなければ、かと言って教えてもくれない。
「(このままだと今にも黄美は壊れるかもしれない。なんとか、私がなんとかしないと…)」
いや、もしかしたらもうすでにどこか壊れているのかもしれない……。
「(あれ、ちょっと待って…。そう言えば最近、黄美にあの幼馴染君の事を話題に上げても全然反応しなかったけど……)」
いつもは会話の時たまに彼女に幼馴染との進展具合を聞いてからかうと面白いように反応を見せた黄美であったが、最後に彼の事を話題に上げた時はいつもとは違い少し悲しそうに笑うだけであった。
「(もしかして黄美…その幼馴染と何かあったんじゃ……)」
◆◆◆
昼休み、学園の屋上では加江須と仁乃が二人で昼食を取っていた。
加江須は良く利用する購買でクリームパンを買っており、隣では仁乃が持参した弁当箱を持っている。
「あんたまた購買で買って来たもので済ませて…パンばかりだと体に悪いわよ」
「あむ…そう言うお前だって前はジャムパン齧っていたじゃないか」
「あの時は自炊しなかったから偶々よ。普段はこうして栄養バランス考えて自分で作ってるんだから」
そう言いながら仁乃は弁当箱の蓋を開けてその中身を加江須に披露する。
彼女の弁当の中身は彩が大変良く、彼女自身の言う通り栄養バランスもしっかりと考えられてそうな食材が綺麗に敷き詰められている。
「おお、鮮やか…」
「ふふーん、まあこれくらいは女性として当然の嗜みよ」
褒められた事で気分を良くし得意げな笑みを浮かべる仁乃。
「しかし自炊かぁ~…。なんかお前のイメージに……いや、何でもありません」
イメージに合わないと最後まで言い切る前に黙り込む加江須。皆まで言わずとも何を言おうとしているのか察して仁乃が睨みを利かせて来たのだ。
昨日の氷蓮との通話の際に見せたあの般若の様な彼女の事を思い出し苦笑いで目を逸らす加江須。
小さくを鼻を鳴らして自分の弁当に手を付けようとする仁乃であったが、弁当の中のプチトマトを箸で摘まみながら加江須の食べているパンを見る。
「ん、どうした? 一口欲しいのか」
「違うわよ。あんたって私と会う前からそんな感じの物しか食べてないの?」
「まさか、たまーに学食の方にも顔出すよ」
「ふ~ん…じゃあ自炊はしないわけだ」
「俺が朝から自分で弁当を作る画が想像できるかぁ?」
苦笑いと共にパンを齧ってそう言うと、仁乃はトマトを摘まんだまま何かを考えだす。
急に黙り込んでしまう仁乃の事を不思議そうに見ていると、黙り込んでいた彼女が加江須に話しかけて来た。
「しょ、しょうがないヤツね。同じチームとしてそんな栄養バランスの採り方なんて見ていられないわ」
「そう言うなよ。元々料理なんてしない人間なんだから…」
膨れ面をしながら文句を言う加江須。
そんな彼に対して仁乃がある提案をして来た。
「チ、チームとしてこの問題を放っておく訳にはいかないわ。だ、だから……」
そこまで言うと急に口ごもってしまう仁乃。
彼女が何を伝えたいのか黙って聞いていると、仁乃は囁くような小さな声でこう言った。
「し、仕方がないから…あ、あんたの分のお弁当…つつつ、作ってあげようか…?」
今にも消え入りそうな小さな声でそう言った仁乃。
超人的な聴覚の加江須には仁乃の声はちゃんと届いており、彼女の言った事に対して少しだけだが驚いた。
「おいおい本当に良いのかよ? 俺としては大変ありがたいが正直申し訳ないよ。自分の分の弁当作るだけでも手間暇かかるだろ。そこに加えて俺の分までなんて……」
「べ、別に起きる時間や作る時間が早まるわけじゃないしぃ…つ、ついでにあんたの分も作ってあげようって事よ。そ、そう、あくまでついでなんだからね!」
プイッとそっぽを向きながらあくまでついでだと言い張る仁乃。
加江須にとってはたとえついでであろうと彼女の申し出はとても嬉しかった。いつも学食や購買で決まった物ばかり食べている身としては手作り弁当はとても魅力的であった。それに仁乃の今持っている弁当の中身を見れば彼女の料理の腕前も期待できる。
「じゃあお言葉に甘えようかな。その弁当の見た目も見れば料理の腕前も信頼できるし」
「あら、見た目だけ評価するなんて少し失礼ね。味の方だって抜群なんだから」
「へえ…なぁ、どれか1つ試食させてくれないか」
「ふふん、いいでしょう。じゃあ……はっ!」
得意げな顔で八重歯を覗かせながら笑っていた仁乃であったが、弁当の中のから揚げを1つ箸でつまむと同時にハッと我に返り動きが止まってしまう。
「(こ、この流れってもしかして…)」
仁乃が箸で唐揚げを摘まんで静止していると、その唐揚げがもらえると思い加江須が口を開いて準備する。
「おっ、美味そうだな。あーん…」
「あ、あーんってあんた…」
「しょうがないだろ。俺は箸なんて持ってないし、それに食べさせ合いっこなんてもうした事もあるから恥ずかしくもないだろ」
「(恥ずかしいに決まってるでしょうがッ!! この唐変木! おたんこなす!! スケベ男!!!)」
プルプルと震えながらも口には出さない仁乃。
しかし心の内でそう叫んではいるが、同時に自分と加江須の距離が近づいてきている事を理解して嬉しさも込み上げてくる。
「(でもこれって異性として意識されてるのかしら? 信頼は置けても仲間としてしか見られていない気が……)」
そんな一抹の不安を感じつつも唐揚げを加江須に食べさせてあげる仁乃。
なんだか少し雛鳥にエサを上げている様な気分にもなるが悪い気はしなかった。
「ど、どう? 美味しいでしょ?」
いざ食べさせてみると少し味に不安を感じてしまうが、当の加江須は唐揚げを食べながら親指を立てて高評価を口にする。
「すげーうまいぜコレ。見た目だけじゃなくて味の方も抜群だよ。御見それしました」
そこにはお世辞などなく、純粋な評価を出した少年の笑顔があり仁乃の表情は晴れやかなものとなり、内心ではガッツポーズを取って喜んでいた。
「そ、そうでしょ。まあ精々今後の私の手腕に期待しなさい」
腕組をして自信満々な顔で嬉しそうに高らかと言う仁乃。
それからしばらくの間、屋上では加江須と仁乃の二人が昼食を取った後に談笑していたが、しばらくすると屋上のドアが開かれる。
二人が会話を打ち切り視線を向けるとそこには一人の少女が立っていた。
「……いた」
水色のショートヘアーの少女は加江須の姿を見つけると、速足で近寄ってきて彼の元までやって来た。
座り込んでいる加江須の事を見下ろしながら、彼女は加江須の名を確かめる。
「初めまして…久利加江須君、であっているかな?」
「あ、ああ。そうだけど君は…?」
頷きながら加江須の方も話しかけて来た少女の事を尋ねるが、彼女は加江須の質問に答えず彼の腕を掴んで強引にその腕を引っ張る。
「あなたに話があるの。少しいいかしら?」
「ちょっと待ちなさいよ。あなた何? 名前も言わずに強引に加江須を連れて行ってどうしようと言うのよ」
問答無用と言った感じの少女の対応に納得できず仁乃が割り込んできた。
「私が話があるのは彼だけなの。少し下がっていてくれないかな?」
加江須の腕を掴みながら少し威圧的な雰囲気になる少女。
しかし仁乃はそれ以上の威圧感を放って無言で睨みつける。
「う…」
命がけの戦いを経験している仁乃の迫力は普通の少女より遥かに大きく、思わず相手はたじろいでしまう。しかしそんな仁乃に対して加江須が諫め始める。
「落ち着け仁乃。とりあえず話をするだけだ。別に物騒な事にはならないよ」
加江須がそう言うとしぶしぶながら威嚇していた仁乃は無言で下がった。
仁乃が離れた事で少女は安堵の息を吐き、加江須に自分の名前を名乗って改めて彼の腕を引いた。
「私の名前は紬愛理。あなたの幼馴染である黄美の友達よ……」




