敵か味方か分からぬ影
今回から本編に戻ります。そしてついに新たなヒロイン登場です!
「何だか近頃誰かに見られている気がしてならないんだ」
学園の屋上でいつもの様に恋人同士で昼食を取っている際に加江須の口から出て来たその言葉に仁乃、黄美、愛理の3人は怪訝そうな表情をした。
「いやいきなり何? なんの前触れもなくぶっちゃけたけど」
いきりなり何の前触れもない相談内容に少し呆れ気味になりながらウインナーを口に放る仁乃。
そんな彼女とは違い黄美は今の発言にかなり不安気な顔となり、加江須に詰め寄って直接何か被害でもあったのか尋ねる。
「もしかして誰かに命を狙われているとか、そう言う話なのカエちゃん?」
「いや~…命を狙われているって感じではないかなぁ」
異変を感じたのは今から数日前、学園の帰りになると何者かの視線を感じるようになったのだ。
最初はまたゲダツにでも狙われているのかと思い身構えていたが一向に襲い掛かってくる気配はなく、もっと言うなら敵意や殺意の類も感じ取れないのだ。明確な敵と判断できないので無理に事情を訊いても良いものか判断に迷っているのだ。
「それってさ、もしかしてストーカーなんじゃないの?」
愛理はそうケラケラと笑いながら冗談交じりに茶々を入れる。
その言葉に対して仁乃はそんな訳がないと口にする。だが黄美は過剰なまでに反応を見せると加江須の両肩を掴んで激しく揺さぶった。
「ススストーカー!? だだ大丈夫なのカエちゃん!! 何か変な事されていないよね!?」
「お、落ち着け黄美! さっきも言ったけど被害は今のところないよ。それに男の俺にストーカーって可笑しいだろ。愛理のやつがからかっているだけだよ」
そもそもストーカー云々なら自分ではなく黄美達のような女性陣の方が危険性を感じる。現にまだ恋仲になる前の愛理も危ないストーカー男に狙われていた過去もあるわけだし。それに女性のストーカーが居たとしても自分なぞ狙うとは思えない。
だが久利加江須と言う男性をこの世の全ての男の中で一番魅力的だと信じて疑わない黄美は何やら危ない雰囲気を纏ってブツブツと独り言を呟きだす。
「許せない。私の大大大好きなカエちゃんを薄汚れた眼で舐めまわすかの様に見つめるなんて許せない。それをしていいのは私たち恋人だけの特権なんだか……あたっ…に、仁乃さん?」
いきなり頭部を軽く小突かれて涙目になる黄美。
視線を上に向けると呆れ顔の仁乃が映り込んだ。
「はいはい暴走しない。それにしても加江須もさぁ、敵意がないと言ってもジロジロ見られているのは事実でしょ? 直接ふん捕まえてソイツから目的を聞き出そうとは思わなかったの?」
「いや俺も最初はそう考えていたよ。ただな……」
もちろん加江須だっていくら敵意が無かったとはいえ盗み見をされていい気分な訳もない。そのため彼も気配の出所を探ってこちらから接触を図ろうとはした。だが相手の気配の消し方はハッキリ言って天才的であった。こちらが近づこうとするとすぐに気配を消され行方を見失ってしまうのだ。
「それってもう完全に素人ではないでしょ……」
「あ、やっぱりそう思うか?」
「逆にあんたは少し呑気すぎ。何でもっと早く言わなかったのよ」
今までは少し気を抜いて話を聞いていた仁乃であったが、加江須ですら捕まえられない相手と聞き少し神妙な顔つきとなる。
ハッキリ言って加江須の転生戦士の実力は仁乃たちよりも頭一つ、いやそれ以上に跳びぬけていると言っても過言ではない。そんな彼が捉える事の出来ない相手となればただの一般人とは思えない。
「とにかくあんた一人じゃ捕まえられないんでしょ? だったら私たちも協力してあげるわよ」
「そうだね。私も自分の彼氏君が変な輩に狙われていると知って放置は出来ないかな」
仁乃に続いて愛理も一緒にその怪しい人物をとっ捕まえる事に協力すると申し出る。そして当然だが黄美も二人に続いて協力を申し出る。
「絶対に一緒にその不埒ものを捕まえましょうカエちゃん! そのストーカーは必ず私が成敗するんだから!!」
……何やら黄美だけひとり方向性が異なっている気もするが有難い話だ。加江須本人としてもこの件は一刻も早く片を付けたいと考えていたのだ。
こうして放課後にこの場に居る皆でその監視者を捕まえる事が決まった。
◆◆◆
いつも加江須が視線を感じるのは学園終わりの放課後の下校中であった。
そこで仁乃たちが考えた作戦、それは加江須だけわざと独りで登下校させてその後ろから恋人たちが周囲の様子を窺うと言うものであった。つまりは所謂二重尾行に近いシンプルな策だ。加江須を尾行している相手をさらに後方から捜索しつつ探ると言うものである。
そして時間はあっという間に経過して放課後、事前に打ち合わせの通りに加江須は独りで帰路へと着いていた。しばらくの間は特に何も感じていなかった加江須であったがすぐに違和感は発生した。
やっぱりまた視線を感じる……すぐ近くで見てやがるな……。
一瞬思わず振り返ってしまいそうになるがここで周囲を確認するような素振りを見せれば逃げられかねない。今こうしている間も仁乃たちが自分の周りでこの不届きな輩を捜している筈なのだから。
加江須がそんな事を考えている間、まさに彼女達は周辺に怪しげな影がないかを必死に探っていた。
「(なるほどねぇ、確かに何だか人の気配があるわね…)」
どうやら加江須が何者かに監視されていると言うのは勘違いなどではないようだ。現に仁乃は感覚を研ぎ澄ましアンテナを張り巡らせているが何やらキナ臭い気配を感じるのだ。ただ流石は加江須からも逃げ切る辺り正確な居場所までは分からない。
仁乃はスマホを取り出すと黄美、愛理の二人に連絡を入れる。
「もしもし黄美さん? どうやら近くに何者かが居るのは確かみたい。どう、そっちは気配を感知出来ている?」
『それは大丈夫。私にも何かカエちゃんからそう離れていない居場所に妙な感じがしているわ。さっき愛理に連絡をいれたら彼女も私と同じような違和感をちゃんと感じているみたい』
流石は純粋な転生戦士ではないがイザナミから鍛えられた二人だ。ちゃんと気配の探知の仕方も中々に身に付いて……なっ、この気配は!?
ここで仁乃は今加江須の傍をヒソヒソとしている気配とはまた別の気配を感知した。その気配はとても不愉快で姿を見ずとも正体を一瞬で見抜く。
「この気配はゲダツ! ぐ…どうすれば……」
加江須のすぐ近くから突如として発生したゲダツの気配に動揺する仁乃。そしてゲダツの出現は黄美と愛理の二人も感知しており愛理から仁乃へと連絡がきた。
『ねえ仁乃、加江須君の近くからなんか嫌な感じがする。これってもしかしなくても……』
「ええ間違いなくゲダツね。たくっ…なんだってこのタイミングで……」
しかし愚痴っても仕方がない。ゲダツは悪感情が集合して生まれる存在なのだ。だから今回の様にいきなり出現する事はある意味では当たり前だ。
しかし今は本当にタイミングが悪かったと言えるだろう。普段であれば例え目の前にゲダツが出現したとしても何の問題もない。だが今は加江須の尾行者を探っている真っ只中なのだ。よりにもよって何でこんな時に……。
「取り合えずまだ様子を窺いましょう。加江須の事だからゲダツの出現にも気づいているでしょうし……取り合えず愛理は黄美さんにまだ様子を見るように伝えて置いて」
『了解したよ。それじゃあ一旦切るから…』
取り合えずは黄美が飛び出して行かない様に釘を刺しておいて再び様子を窺う仁乃であったが、ここで加江須の周りを嗅ぎまわっていた輩の気配に変化が訪れる。
今までは正確な居場所を掴ませまいとうまくカモフラージュしていた追尾者の気配がいきなり色濃くなったのだ。しかもただ気配が大きくなっただけでない。
「これって神力よね? それじゃあ今加江須の後を追っているのは……」
仁乃たちがゲダツ出現について連絡を取り合っている頃、やはり加江須も突然すぐ近くに現れたゲダツの気配に気付いていた。
ああもう、よりにもよって今このタイミングでゲダツが出て来るなんて本当に運がない。
本来であれば気配の場所まで一気に直行してゲダツ討伐を行っているところだ。だが今は自分は何者かに尾行されている状態なのだ。それにもしも自分の後を付けている相手が一般人であれば無闇に転生戦士としての力を振るう訳にもいかない。
どう身動きを取るべきかと悩んでいるとゲダツの気配が徐々に向こうの方から近づいて来た。
「くそ…出やがったな」
街路の曲がり角から出て来たのはやはりゲダツであった。
まるで鬼の様な角が頭部から2本生えており、さらに手には金棒まで握られている。そのビジュアルを見て心の中で激しくツッコミを入れる。
「(おい何だよアレ! 完全に昔話に出て来る鬼そのものじゃねぇか!!)」
もしあれで全身の皮膚が真っ赤で虎柄のパンツを履いていれば完全に桃太郎の世界だ。
そんなツッコミを心の中でぶちかますがこの状況は少しヤバい。敵のゲダツは人型ですらないのでただ倒すだけで良いのであればそこまで苦戦はしないだろう。しかし自分を監視している人間の眼がある以上下手に戦っていいのかどうか分からないのだ。
「グルルルルルル……!」
加江須のそんな心情などお構いなしにゲダツは金棒を地面に引きずりつつドスンドスンと重量感の溢れる足音と共に近付いて来る。
敵が近づいて来ても未だにその場で大人しくしている加江須であったがここで彼が勢いよく振り返った。
何故なら今まで周囲の影に隠れていた追尾者の気配がガラリと変化したのだ。
これまでは正確な居場所すら掴めなかった相手の気配がいきなり明白に表われたのだ。しかもただ気配が強まっただけでない。気配と共に力強い神力も一緒に感知できるようになったのだ。
自分の尾行者の正体が転生戦士であると理解した次の瞬間、凄まじい突風が加江須の横を通り過ぎた。
勢いのある風が自分の横を通り過ぎる直前に加江須の瞳はしっかりと捉えていた。自分の真横を通り過ぎて行く一人の女性を。
視線を再びゲダツの方角へと向けると自分の少し手前には一人の少女が立っていた。
「……ようやく会えたな」
今まで姿を一度も見せずに隠れ続けていた人物をようやくこの目に納める事が出来た彼は無意識にそんな言葉を零していた。
今の突風は目の前の少女が通り過ぎて行った際に発生したものだろう。
加江須の視線の先に立っていたのはグラマラスな体型、整った顔立ちの黒髪ストレート、だが前髪の一部分には薄緑のメッシュが入っている少し独特な髪の色の女性が立っていた。
彼女の手には二振りの短刀が握られておりその瞳は確実にゲダツを捉えていた。
「この人には手出しはさせない!」
そう言うと彼女の周囲の風が一気に荒れ狂い始める。
「うお…!」
巻き上がる風が彼女のスカートを巻き上げてその下のパンティが露わになり思わず目を逸らしてしまう。
顔を赤らめて視線を逸らした直後、背中に凄まじい衝撃が走った。
「ぐはっ!? な…何だ……?」
突然の打撲に振り返ると視線の先の物陰からは仁乃が覗いていた。
彼女は光が灯っていない瞳を向けて口だけが笑っている。今の衝撃は間違いなく仁乃のクリアネットによるものだろう。
彼女は口パクで加江須にメッセージを送った。
『なに他の女のパンツを見てデレデレしてるのよ?』
下手に怒鳴られるよりも物静かに怒りを伝えられる方が遥かに怖く表情を引き攣らせる加江須。
そんな彼の前ではゲダツと謎の女性が激突していた。
上段から振り下ろされた金棒の一撃を彼女は紙一重で回避、そのまま握っている短刀て振り下ろしのゲダツの手首を斬り落とそうとする。だが短刀の刃がゲダツの腕に直撃したが斬り落とす事が出来なかった。いやそれどころかまるで金属にでも刃を振り下ろしたような感触が手の中に残る。
「かなりの硬度ね、少し厄介だわ!」
ゲダツは斬られた事などお構いなしにもう一度金棒を振るって来た。今度は横払いをしてきてその一撃を短刀二振りでガードする。そのままゲダツは金棒をそのまま上空へと振りかぶった。そうなれば当然金棒を受け止めていた彼女の体も上空へと押し出されてしまう。
空高く放り投げられた少女に加江須が少し慌てる。
「やべっ、おいコラゲダツ! こっち見ろ!!」
突然乱入して来たあの少女が何者なのかは分からない。だが彼女は自分の事をゲダツから守ろうとしてくれた。その事を考えれば少なくとも彼女が敵ではない事だけは理解できる。それならばここで彼女を援護しても問題ないだろう。
加江須は両手に神力を宿すとゲダツを殴り飛ばそうとする。だが彼が踏み込もうとするよりも先に上空から少女が叫んだ。
「あなたは危ないから後ろに下がってください! 私が何とかします!!」
「な……浮いている?」
少女の声に反応して空を見上げるとそこには女性が宙に浮いた状態でこちらに声を掛けていたのだ。
今まで色々な転生戦士を見て来たが空を飛ぶタイプは初めて見たので思わず攻撃の手を止めてしまう。
「(あ…またパンツが……)」
地上から見上げているためにまたしてもあの少女のスカートの下が丸見えとなりまた目を逸らしてしまう。すると直後にまたしても仁乃のクリアネットの塊が背中にぶち当たってグハッと苦悶の顔をする。そして恐る恐る振り返るとそこには仁乃だけでなく黄美と愛理の二人もいつの間にか集まっており、3人とも瞳が黒く濁っているにもかかわらず口元だけが笑みを形作っていた。
「い、いや違うこれは事故だ!!」
恋人たちが恐ろし過ぎてとうとう声を出して誤解を説明し始めてしまう加江須。
そんな修羅場の後ろでは謎の少女とゲダツが同じく修羅場。上空に浮遊している女性は短刀を力強く握るとそのまま眼下に居るゲダツへと突撃して行く。
こちらに向かってロケットの様に突っ込んで来た少女にゲダツは両手で金棒を握り、まるで野球選手の様にタイミングを見計らって金棒を振って来た。
ゲダツのタイミングは完璧でありこのままでは間違いなく少女の顔面がぐちゃぐちゃに潰されるだろう。
だが少女はなんと金棒が顔面に激突する瞬間に前面に強風が発生、そのまま急停止して金棒の攻撃を躱したのだ。
ゲダツの金棒が空振りした瞬間に彼女は短刀を今度は腕でなく首元へと滑らせる。だが先程の流れを考えると刃は通らない可能性がある。そうなれば攻撃直後の隙を付かれる危険性もあるだろう。
だが先程と違い今回振るった彼女の短刀の刃には極小の風が刃を中心に渦巻いていた。
「シャアッ!」
気合の籠った掛け声と共に横一線に斬り捨てた風を纏った刃は今度はゲダツの硬度な皮膚を裂きそのまま首を切り飛ばしたのだ。
そのまま彼女は目の前の首の失ったゲダツを両脚で蹴って後方へと空中回転しながら着地、そして決め台詞の様な言葉をドヤ顔で口にした。
「勝負ありよ。私の大切な人は殺させはしない」
そう言うと彼女は短刀を仕舞い込んで長い髪をかき上げるのだった。




