ついにここまで来たぞ…
「~~~~~という事がありました」
「なるほどな…」
自分たちの宿泊していた、まあ正確に言えば1泊も出来ずに騒ぎになる前に逃げ出したホテルの近くの開けた場所に集まって夜空の下で加江須は白からホテル内で起きていた出来事の詳細を聞いていた。
マリヤを撃破してすぐにホテルに戻ろうと入り口付近まで行くと仁乃たちが飛び出て来たのだ。何があったのか訊こうとするがまずは騒ぎになる前に逃げようとのことでひとまず落ち着ける場所まで逃げて来たのだ。
そして人気の少なくそれなりの開けた場所で腰を落ち着けると改めて白の口から何があったのかを尋ねて今に至ると言う訳だ。
どうやらマイヤの方は無事に撃破できたようだがそれを実行したのはなんと狂華だったらしいのだ。ここに来てまたあの女が現れたと聞いた時には少し頭が痛くなった。
「まあ確かに同じ標的なんだから何度も遭遇してもおかしくはないが…」
「ただ今回あの女が私たちに伝えて来た情報はもしかしたら有益なものかもしれません」
どうやらあのホテルに狂華が現れたのはマリヤとマイヤを始末する為だったらしいのだ。彼女はラスボの下に付いている半ゲダツや一般人を次々と襲撃して情報を引き抜いていた。そのほとんどが何の役にも立たない情報だったが、遂にその中で1人だけ重要な情報を零した半ゲダツが居たらしい。そして加江須たちの潜伏しているホテルに闇討ちを仕掛けようと幹部、つまりマリヤとマイヤが計画していたらしいのだ。何故その情報を半ゲダツが持っていたのかは分からない。実際に狂華もその理由を半ゲダツの男には尋ねてはいなかった。
「……つまり狂華は俺たちに会いに来たのではなくあのマリヤとマイヤとかを始末する為にホテルまでやって来たと言う事か」
「はい。しかし…去り際に彼女の言っていた事が重要なんです。『あなた達と私の共通の敵――ラスボの潜伏先をね…』…と言って私たちの前から消えて行ったんです」
白の口にしたその言葉に加江須は無言で口元に手を当てて悩むような仕草を見せる。それはこの情報を本当に信じても良いのかどうか悩んでいる様であった。何しろ情報の発信源があの戦闘狂なのだ。だが彼女はその情報を元にこのホテルにやって来た。さらに付け加えれば自分たちは未だにラスボの潜伏先を見つけることが出来ていない。仮に彼女の情報を無下にして自分たちだけでラスボの今現在の居住を調べようとしてもかなり難航すると思われる。それにラスボは根城をいくつも持っているのだ。もたもたしていると狂華の教えた潜伏先からも姿を消すかもしれない。
「どうせ当てもないんだ…それなら信じてみるか……」
加江須はボソリと小さな声でそう呟くと他の皆が揃って彼の顔を見て反応を見せた。その中で仁乃が口を開いて加江須へと問う。
「……やっぱり行くの? アイツの教えたアジトの場所に……」
「ああ…普段ならともかく今の狂華は俺たちと目的が一致している。現状で当てがないなら向かうべきだと思うが……」
加江須の言葉に他の皆は少し複雑そうな表情をした。それはやはり狂華からの情報を信じていいのかどうか迷っていたようだ。だが彼の言う通り他に当てがないのであれば……。
しばし静寂が続いたが結局は全員が加江須の意見に賛成して狂華の教えてくれた場所へと向かう事にするのだった。
◆◆◆
先程までホテル内で仁乃や氷蓮に襲われていた狂華は今はもう外に飛び出て深夜の静かな人通りの少ない道を歩いていた。だが数分前まではこの道は静寂とはむしろ程遠かった。
狂華が歩いた道の後には複数の男達がどこかしらから血を流して倒れていた。中には死者まで転がっている。
「もう随分と狩り殺して来たつもりだったけどまだこんなに部下が居たんだ。でも雑魚の相手はもう飽き飽きかな?」
彼女の背後で転がっている連中は全員ラスボの部下達である。
この旋利津市に来てから彼女はラスボの情報を得るために彼の部下を片っ端から始末して行き目を付けられているのだ。周りに転がっている連中はラスボの指示で狂華を襲撃しに来たのだがものの見事に返り討ちに遭ったという状況だ。
彼女の手によって襲撃者が全滅すると再び周辺には誰も居なくなり不気味な静寂がまた作り出される。とは言え時間を止められる彼女にとっては静寂は慣れている。
「さて…久利加江須君たちは私の教えたアジトへと向かうかな?」
そう言いながら彼女はポケットの中から周辺の見取り図を取り出す。その地図の中には二つの建物が大きく赤丸で囲まれていた。この地図の赤丸の目印はラスボの下に付いていた半ゲダツの男から聞き出したラスボが潜伏している可能性が高い建物なのだ。しかし目星を付けられている建物は二つあり確率は2分の1と言う事となる。そこで狂華は幹部のマイヤを討伐すると同時に目星が付いている内の1つの建物の場所を仁乃たちに教えたのだ。これならば作業分担にもなる。ただし彼等が自分の言う事を素直に聞いた場合のみだが。
「まっ、もしも私の話を信じられずに教えた建物に向かわなかったのなら結局私が乗り込んで終わりだけどね」
そう言いながら狂華は仁乃たちに教えていない方のもう一つのアジトのある場所へと早速向かう事にする。
だがアジトへ向かおうと思い足を一歩踏み出すと同時に背後から殺気をぶつけられる。
「……へえ」
背中に叩きつけられた殺気に反応して振り返る。すると視線の先にはゲダツ特有の不快な気配を纏っている半ゲダツが複数人。そして自分と同じく神力を持つ者が一人混じっていた。
「下っ端共を締め上げて聞いてはいたけど…どうやら本当に転生戦士までもがラスボとやらに協力していたようね」
そう言いながら狂華は目をスッと細めて一番先頭に立っている転生戦士の形奈を見定めるかのように見ていた。
まるで値踏みされるかの様な視線を煩わしく思いつつも形奈は狂華へと語り掛ける。
「随分と私たちの仲間を殺してくれたじゃないか。たった独りでよくここまで暴れまわり続けたものだ。だがお前の快進撃もここまでだ」
そう言いながら形奈は腰にさしている鞘から刀をすーっと抜き取り切っ先を狂華へと向ける。
「まだ私たちにも久利加江須たちと言う倒すべき敵が何人も居るんだ。お前一人に引っ掻き回されるのは勘弁だ」
「そう思うのならここで私を止めればいいじゃない」
そう言いながらナイフを取り出すと構えを見せる狂華。その態度は御託はいいから早く掛かってこいと無言で示していた。
彼女が構えを取って手をクイクイと折り曲げて早く来いと挑発すると部下の半ゲダツ達が一斉に襲い掛かる。
怒涛の勢いで狂華へと向かって行く部下である男たちを形奈は後ろからどこか冷めた目で見ていた。それは彼らが束になってもあの転生戦士に勝てない事を理解できていたからだ。
「まあ精々役に立ってくれよ」
そう言いながら神力を解放して狂華の隙を見つけようと観察をする形奈。
あの公園内でのイザナミとディザイアとの戦い同様に精々目くらましとして利用する腹積もりだ。
こうして闇の密度が濃い夜の世界で転生戦士同士の戦いが始まったのであった。
◆◆◆
夜が明けて薄明の空を見上げながら加江須たちは狂華から渡されたラスボ潜伏の可能性のある情報を頼りにとあるビルの前までやって来ていた。そのビルはこれまでよく足を踏み込んでいた廃ビルなどのような廃れた建物ではなく今もちゃんと経営されている事が建物の様子から見て取れる。
「何だかゲダツが潜伏している感じがしねぇな。至って普通のビルじゃねぇか」
ビルの入り口の前で氷蓮は小綺麗な外観を見て本当にここがラスボの潜伏している根城なのかと疑いの眼差しを強めている。もしかしたら偽物の情報を掴まされたのではないかと訝しんでいるみたいだ。
だがそんな彼女の疑いをまるで晴らすかの様にイザナミが真剣な眼つきでビルを睨みつけながら口を開く。
「いえ、どうやら情報は本物だったみたいです。このビルから感じるんです。ゲダツの気配を……」
イザナミがそう言うと氷蓮は納得したかのような顔をしたが、すぐにまた疑念を宿した表情を浮かべる。いや、正確に言えば氷蓮だけでなく加江須たちも似たような顔をしていたのだ。その理由はイザナミ以外はゲダツの気配を感知できていないのだ。このビルにラスボ、たとえラスボでなくてもゲダツや半ゲダツが居ればこの距離から自分たちはあのゲダツ特有の不快感を感じ取れると思うのだが……。
「皆さんがこの建物内部に居るゲダツの気配を感知できないのは相手が自分の気配を巧妙に隠しているからです。何しろ私ですらこのビルの入り口付近に来るまでは気配を感じられなかったぐらいですから。それと皆さん気を付けてください。ここまで巧妙に自分の気配を消せる……それはつまり自身の力をかなり精密にコントロールできるほどのゲダツであると言う裏付けでもあります」
そうイザナミの口から忠告が出て来ると加江須たちの気が一段と引き締まった。だがだからと言ってここで引くつもりなどこの場には誰一人としていない。何よりもここで臆病風に吹かれて逃げ出してしまえば黄美を生き返らせる事も叶わないのだ。
「よし…ここにラスボが居るのならこの戦いが最終決戦だ。みんな、決死の覚悟で挑むぞ」
そう強い口調で加江須が言うと他の5人も覚悟の座った眼光を曇らせることなく負けじと力強く頷いた。
この旋利律市に来てから多くの敵と戦い、そして仲間も1人失ってしまった。それでも彼等はついに辿り着いたのだ。この町を裏から支配していた最悪のゲダツ、ラスボの元まで……。
「……行くぞ」
加江須の短くも覚悟の籠ったその言葉に皆は改めて頷くと遂にビルの中へと足を踏み入れるのであった。
今遂にこの旋利律市での最終決戦が始まろうとしていた……。




