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武桐白の乱入


 昨日の河琉のボクシング部での一幕に関しての情報は白の耳にも届いていた。周りの皆は流れているこの噂に対してどこか半信半疑と言った面持ちであった。だが校内に広まっているこの噂が真実である事を白だけは疑う余地もなく理解していた。


 何故ならば彼は自分と同じ転生戦士なのだから……。


 「…どうにも嫌な予感がしますね」


 一日の授業も終わり帰り支度をしている白は誰に言うでもなく独り呟いていた。

 夏休み前に彼とは一度顔合わせをしているが、あの少年はどこか危うい気配を白は感じ取っていたのだ。もちろんあくまで自分の直感に過ぎない。しかし彼からはどこかあの戦闘狂である転生戦士の狂華の事を連想してしまった。


 「ボクシング部を一人で圧倒したと言われていますが……」


 どう考えても神力などの力を行使したとしか思えない。

 自分たちの持つこの力はゲダツと戦う為のものであり、ソレを同じ学園の生徒に向けるのは如何なものだろうと思う。

 この先も転生戦士としての力をこんな普通の学生に溢れている校内で使い続けるのは少し不味いのではないのかと考えていた時だ。


 ――『痛い痛い痛い!!』


 「……え?」


 どこからともなく男性の泣き声の様な声が聴こえて来た。

 それはただの空耳かと思えるほどに消え入りそうな大きさの声であり、自分の周囲の学生達はまるで気にも留めずに部活動へ、あるいは自分の家へと足を運び続けている。

 ただの気のせいかとも思ったが、転生戦士は聴覚が人一倍に強化されている。ゲダツの気配は近くには感じられないが不安に駆られた彼女は声の発生源を探ろうと耳で辺りを探った。


 「……気のせいではありませんね」


 耳を澄ませるとやはり男性の痛みを訴える声が聴こえて来る。

 自分の中の意識を鼓膜に集中して声の方へと足を運んでいくと校舎裏へとたどり着いた。


 「……何をやっているんですか?」


 そしてそこには肩を押さえて地面に蹲る男子と、それを見下ろしている河琉の姿が在った。




 ◆◆◆




 このまま眼下で子供みたいに泣きじゃくる馬鹿先輩を放置して帰ろうかと思案していた時だ。少し離れた位置から声が掛けられて振り向くとそこには意外な人物が立っていた。


 転生戦士、武桐白がこちらを厳しい眼で睨みつけていたのだ。


 「(おいおい、もしかして俺がイジメていたとでも勘違いしてんのか?)」


 とりあえずあの表情を見るからに当たらずとも遠からずだろう。自分が弱者を一方的に嬲っていたと思われるのは少々いただけない。とりあえず事情を話そうとした彼であったが……。


 「……いや、ちょうどいい機会だ。一度実力を見てみたかった」


 ここで彼の中に下らない好奇心が出てしまった。

 以前ゲダツを倒していたその力量、それを是非ともこの身で体験してみたいと言う考えがよぎってしまったのだ。

 その為に彼は挑発するかのようなセリフをわざとらしく吐いてやった。


 「なんだよ〝先輩〟、今俺はこの泣き虫ボクサーと話しているんだ。邪魔しないでくれるかねぇ?」


 彼がそう言いながらつま先で転がっている先輩の体を突っつくと、その行為に白はキッと河琉の事を睨み一気に跳躍して距離を詰めて来た。


 「うおっ、速いな!」


 「その人から離れなさい!」


 自分の眼下で戦意喪失しているエースボクサーなど足元にも及ばない程の速度、突き出された貫き手は頬を掠めて耳には風を裂く音が聴こえて来る。

 すんでのところで回避した河琉は体操選手顔負けの連続バク転をして距離を置く。

 河琉が離れた事で白は地面で未だに痛みを訴えている袴田を介抱して声を掛ける。


 「大丈夫ですか…これは肩が外れてますね…」


 どうやら肩の骨が外れているみたいで彼女は『我慢してください』と言うと肩をその場ではめ直してあげる。


 「いっでぇ!!」


 「すいません、ですかこれで肩の方ははまりましたよ」


 肩を入れる瞬間に凄まじい激痛が走り一際デカい声で喚く袴田であったが、これで自由に腕を動かせるはずだ。

 

 「……玖寂さん、どういう事ですかこれは?」


 袴田の体から手を離してゆっくりと立ち上がる白。その鋭い視線の先では河琉がどこか不敵な笑みを浮かべており、その態度が更に彼女の敵意を強めてしまう。

 するとここで助けてもらった袴田がとんでもない事を叫び始めた。


 「た、助けてくれ! コイツは俺を呼び出していきなり暴行を振るって来たんだ!!」


 「……おいおいマジで言ってる?」


 堂々と口にした嘘に思わず目を丸くしてしまう河琉。

 確かに自分のやり方は正当、いや過剰防衛とも取れる程に激痛を植え付けてしまったかもしれないが最初に手を出して来たのは向こうの方だ。しかし自分が殴りかかった事は伏せて自分が一方的に暴行を受けたと訴える彼には心底呆れてしまう。

 だがどうやらあの白とやらはあの嘘つき先輩の言う事を信じた様であり、これ以上手を出すと言うのであれば自分が相手になると向かい合う。


 「ふふ、やる気満々な顔をしているな。それでどうする?」


 「まさか〝我々のこの力〟をこんな形で使用するとは……詳しく話を聞かせてもらいますよ」


 そう言うと白は彼を拘束しようと駆け出した。

 自分へと迫りくる彼女に対して河琉は心底嬉しそうな顔をした。それはどこか狂気を秘めておりやはり白の中ではあの狂華がダブってしまう。

 ボクサー顔負けの速度で腕を伸ばして来た白の手を躱し、逆に伸びて来た彼女の腕を掴んでみせる。


 「ふんッ!」


 「うおっ!?」


 しかし腕を掴まれた彼女は僅かに身体を沈め、そのまま合気の様に相手の力を受け流しそのまま体勢を崩させる。膝から下の力が抜けた河琉の両脚を刈り取って宙に浮かせる。


 「はは、やっぱりやるな!」


 体が宙へと浮いた状態で歓喜を見せる河琉。

 彼は笑いながら地面に腕を伸ばして地面を殴り、その衝撃で1回転して体制を整える。


 「大人しくしなさい!」


 「力づくでそうして見せろよ!」


 それぞれが相手に声をぶつけながら閃光の蹴りを放つ。

 凄まじい速度で繰り出された二人の蹴りは中央でぶつかり合い、そこから両者の蹴りのラッシュが展開される。


 「う…嘘だろ……」


 その様子を肩を押さえながら見ていた袴田は呆然としていた。

 

 自分は今一体何を見ている? ボクシングは蹴りは使用しないがそんな事は関係ない。ルールだのなんだのと言う次元じゃない。あの二人の身体能力はもう人間離れしている。何しろ二人の蹴りの速度は余りにも速すぎて袴田の眼には蹴り出している二人の脚が消えて見えるのだ。

 

 しばしぶつかり合う脚と脚であったが、それが再び中央で交叉して止まった。ぶつかり合っている両者の脚からは心なしか煙が出ている様にすら見える。


 「流石だな〝先輩〟さんよ。あそこで腰抜かしている自称最強のエースボクサーなんか目じゃないぜ」


 「そんな事はどうでも良い事です。それより…こんな人気の無い場所で他者を、自分よりも弱い者をイジメるのはそんなに楽しいのですか? もしそうだと頷くのであれば心の底から軽蔑します」


 「ああ、その事だがオレがイジメていた訳じゃない。元々はあそこで尻もちついている先輩がオレを呼び出したんだよ。しかも先に殴りかかって来たのもアイツだしな」


 そう言いながら背後で事の成り行きを見ている袴田を指差してやった。

 河琉に真実を口にされてビクッと体を震わせる彼であったが、すぐに言い返して来た。


 「違う、違うぞ! 俺はソイツに一方的に暴力を振るわれたんだ! 悪いのは全部ソイツだ!」


 まるで子供の様に大声で根も葉もない事を喚き散らす袴田。

 そんな小心者に関わるのももう馬鹿馬鹿しくなった河琉はへっと小馬鹿にしたような笑いを一つ漏らし、目の前で視線を自分とあの馬鹿ボクサーを往復している白に背を向けて歩き出す。


 「ちょ、ちょっと待ってください。まだ話は終わっては…」


 「悪いがこれ以上そこの馬鹿と一緒に居たくない。どっちの言う事を信じるかはお前の自由だが……」


 そこまで言うと河琉は一度足を止めてポケットから取り出した封筒を白へと横回転で投げつける。

 自分に飛んできた封筒をキャッチした白、その背後では袴田が不味いと言う感じの表情を浮かべていた。


 「オレを呼び出したそこの先輩からの手紙だ。詳しくそこで青ざめている馬鹿を問い詰めてみろよ」


 そう言うと河琉は今度こそこの場から立ち去って行くのであった。


 彼が居なくなった後に袴田の事を問い詰めた白。

 最初は何か言い訳をしていた彼であったが、河琉を呼び出すために使用した手紙を突き付けて詳しく尋ねると話の内容は徐々に矛盾し、最後はもう誤魔化しきれないと全てを白状した。

 つまりは昨日の自分の敗北を受け入れられず八つ当たりに走ってしまったらしい。


 「やれやれ…まさか今でもこのような子供じみた事を実行に移す人が居ようとは…」

 

 彼女は手渡された袴田の手紙を見つめて溜息を吐く。

 結局は河琉の言っていた事が正しいと知り、今後このような下らない事をしないのであれば教師や部活の方には黙認しておくと言っておいた。確証はないが恐らくはあの袴田とやらはもう凶行には走らないだろう。


 「それにしても玖寂河琉。やはり彼は味方とは完全に認識しきれませね」


 今回の校舎裏での僅かな間のやり取り、言動といい好戦的な性格といい味方として認識するには抵抗があった。


 「今後も何事もなければそれで良いのですが…」


 手に持っていた袴田の手紙を能力で作り上げたライターで燃やし尽くしながら不安に駆られる白。


 恐らくだが彼はこの先もこの神正学園に、そして自分をも巻き込んで波乱を巻き起こす。決して確証はないが何故だか根拠のない確信を彼女は胸の内に留めていた。



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