半ゲダツに期待も失望もしていない
イザナミから手渡されたある物を見つめながら加江須は首を捻っていた。
『〝亜空封印箱?〟』
『はい、これも私が持ってきた神具の一つです』
これは加江須たちが夏休みの間の特訓の最中の一コマ、彼等はイザナミからある神具を手渡された。
見た目はサイコロよりも少し大きな、とは言えサイズはポケットにでも入れて持ち運べるほどに小さい黒塗りの正方形型の箱。
『まあお前は色々と神具を持ってきたから今更新しいアイテムを出されても驚きはしないが…』
そう言いながら加江須は箱を摘まんで眺める。
周囲の皆も興味があるのか加江須を囲み箱を見つめている。
『それでイザナミさん、これってどういう神具なの? もしかして前みたいに変身グッズとかだったりして…』
愛理はそう言いながらニマニマと笑みを浮かべて加江須の事を見た。
彼女の視線とその言葉で加江須は数日前に自分が性転換した事を思い出してしまう。
『おいおい勘弁してくれよ。もうあんな思いはこりごりだぜ…』
不用意に整理整頓している最中の神具に手を出した自分が一番悪いのだが、それでも女体化してしまった事を思い返すともうあんな経験はこりごりだと口にする。その際に元の男に戻る間、仁乃の家に泊まり込んだ事も思い返して自然と彼女の顔を見た。
『な、何よ…』
『いや、なんでも…』
仁乃はどこか気まずそうな顔をしてそっぽを向き、加江須も加江須で顔を少し赤くして視線を逸らす。
加江須が女体化して仁乃の家へと宿泊した際の話についてのお話は後日話すとしよう。
それはさておきイザナミは手渡したこの小さな小箱の神具についての解説を始める。
『この神具の名称は先程も言いましたが〝亜空封印箱〟と言い、半ゲダツの後処理として有用に活用できる代物です』
この神具は命亡き者を封じ込めるいわば棺桶の様な物で、生きている半ゲダツは無理だが退治した後の半ゲダツならばこの箱の亜空間へと放り込んで証拠隠滅が出来る。元々ゲダツは普通の人間に視認する事は出来ない。しかし加江須から聞いた話では近頃は半ゲダツと呼ばれる人からゲダツへと変貌した存在がこの地上で目撃されているらしい。しかも半ゲダツは普通の一般人にもちゃんと認識できる。その事にイザナミが危機感を覚えてこの神具を彼等へと手渡したのだ。
『近頃は半ゲダツと呼ばれる存在が地上に蔓延し始めています。加江須さんから教えてもらった話では半ゲダツとなった方は退治した後も普通のゲダツとは異なりその肉体はこの地に残すそうなので』
通常のゲダツであれば退治後は光の粒となり消えて行く。元々は感情の塊であるが故に退治されたら肉体を維持できなくなるのだ。しかし半ゲダツは元が人間であるがために戦闘不能にしても命を刈り取っても肉体は光となって散る事は無い。この地に残り続けるのだ。
そこでイザナミは神界から持ち込んだこの神具を加江須たちに手渡したのだ。
『この神具は魂が抜け命亡き者の亡骸を収納できます。半ゲダツを倒した後はこの神具で処理の方をお願いします』
こうしてイザナミから手渡された神具を加江須たちがそれぞれ一人1個所持する事となったのだ。
◆◆◆
「さて…あとはアンタだけね」
そう言いながら仁乃は自分の足元で転がっている戦闘不能となっている半ゲダツを亜空封印箱へと納める。
半ゲダツとなった事に胡坐をかいていた連中は仁乃たちに圧倒されすぐに駆逐されてしまった。仁乃はともかく黄美と愛理も初の実戦でここまで優勢に戦えた事は決して意外な事でも何でもない。何故なら彼女たちはこの夏に加江須やイザナミの様な怪物クラスの存在から指導を受けて真面目に特訓に取り組んでいたのだ。それに引き換え仁乃たちに倒された男たちはラスボの血で半ゲダツとなった事に調子づき、そこから特訓などは一切行っていない。
神具とゲダツの血、力を与えられたという点では両者は同じかもしれない。しかしそれ以降の経過はまるで違う。少しでも加江須の役に立ちたいと言う願いから強くなろうと努力した者と与えられた血に酔いしれそれ以降は何もしていない者達、どちらが上なのかは自ずと答えは出るものだ。
それを証明するかのように大勢いた半ゲダツ連中は最後の1人を覗いて全員が神具の亜空間へと引きずり込まれてしまった。
戦いが始まってから、最初は数を頼りに戦っていた半ゲダツ達も最後の1人となってしまえばもう人海戦術も使えない。味方ももうおらず足を震わせる事しか出来ない生き残りの男。
あまりにも哀れな相手の様子に愛理と仁乃は可哀そうな相手を見る様な目を向けるが、そんな二人とは異なり黄美は冷めた目を向け続けている。
「今更怯えてももう遅いわよ。私たちの大切なカエちゃんの命を狙った蛮行はその命で償いなさい」
そう言いながら黄美は指輪から炎を激しく噴出し、その轟炎をコントロールして特大の火球を頭上へと掲げている手の平の上に掲げて作り出した。
ごうごうと激しい音と共に太陽の様に眩く熱い火球に相手の男は大量の汗と共にゴクリと唾を呑む。
「(じょ、冗談じねぇ!)」
このままでは確実に消し炭にされると思った男は何とか隙を見て逃げようかとこの場を切り抜ける方法を模索する。しかし逃げようと考えると同時にここで逃げれば間違いなくラスボに消される事を理解し、どちらに転んでも死という運命を逃れられない事を悟る。
何とか命乞いをしてこの場を切り抜けられないかと考える男であるが、それはすぐに無駄な考えだと直感で理解した。
「(あれは…どう考えても命乞いで助けてくれる人間の眼じゃねぇ…)」
仁乃と愛理の二人も確かに自分の事を厳しい眼で見ている事は間違いないが、そんな二人よりも一歩前に出ている黄美の瞳が何よりも恐ろしかった。
まるで自分を生ごみでも見るかのような冷めた目で自分を見つめているのだ。
「さっさと死になさいよ」
その短い言葉と共に黄美は頭上に掲げている火球を最後の1人の半ゲダツの男へと放とうとする。
「ま、待ってくれ! もう勝負ありなんだから勘弁してくれよ!」
男は今の今まで自分の頭の中ではこんな命乞いなど通用しないと理解していたが、それでもいざ死を目の前にしてしまうとありきたりで陳腐な言葉が口から無意識に飛び出て来る。
だがやはりと言うか黄美はそんな訴えに耳を貸す気もなく、冷めた目を一貫して男へと向け続けている。
「ふざけるんじゃないわよ。何で私の大切なカエちゃんを殺そうとしたアンタみたいな半ゲダツを生かさなきゃならないのよ。私の大切な人を狙った時点でアンタの寿命は今日で尽きているのよ」
その言葉と共にもうこれ以上の戯言を訊く気はないと火球を放ろうとする。
だが自分目掛けて振り下ろされようとする攻撃よりも僅かに先に男の口から出て来た言葉は黄美の背後に居る仁乃の興味を示した。
「俺の知っている限りの事を全て話す! ラスボの事も形奈と言う転生戦士の事を全部吐くから勘弁してくれ!!」
「っ…ちょっと待って黄美さん!」
男の言葉に反応を示した仁乃は糸を射出して火球を一瞬で切断した。
糸によって上下に分断された火球はそのまま球体の形状を維持できずに火の粉となって周囲へと散布する。
自分の攻撃に横やりを入れて来た仁乃に対して僅かに語句を強くしてどういうつもりなのかを問う黄美。
「どういうつもり仁乃さん。どうして邪魔をするの?」
相手が加江須を狙っている明確な敵であるだけに攻撃を中断させられた事を不満に思い僅かに眉を顰める黄美。
そんな彼女の事を宥めつつここでこの男を消すべきではないと仁乃はそう口にした。
「確かに私もあなたと同じ思いよ。加江須に危害を加えようとしている輩を快く思うはずがないけど…でもコイツがここでラスボとか言うゲダツの事を話してくれると言うならその話を聞き逃す手はないわ」
もしも自分たちが戦っている相手が目の前のこの男だけであるならば黄美のトドメの一手を遮ったりはしなかっただろう。だが自分たちが倒した半ゲダツ達はあくまでラスボとやらの駒に過ぎない。ここでコイツを倒しても戦いに終止符を打たれる事は無いのだ。だがこの男が親玉であるラスボとやらの情報を提示してくれれば自分たちが今後も迎えるであろう戦いに備えてかなり有利になるかもしれない。
仁乃が話を聞く価値はあると口にすると愛理もその意見に同意して来た。
「私も仁乃さんの言う通りだと思うな。コイツって結局は使い捨て要因でしょ? ここで倒してもまたそのラスボってヤツは刺客か何かを送り込んでくるかもしれないしさ。それならこんな連中を差し向けるヤツの正体や能力とか知っておいた方がいいでしょ」
仁乃に続いて愛理にまでそう説得をされるとさすがに黄美も何も言えなくなってしまい取り合えず一旦は目の前の男の始末を保留にする。
「二人の言う事も一理あるから命までは見逃してあげるわ。でも少しでも不審な動きや誤魔化しを口にしようものなら……」
そこで一旦口を閉ざすと再び指輪から炎を燃え上がらせてキッと男の事を睨みつけてやる。その迫力に気圧されつつもう抵抗はしないと男は誓う。
「じゃあ話してもらおうかしら。アンタのボスのゲダツの事、それに加江須と戦ったと言う形奈って転生戦士の事もね…」
「あ、ああ。心配しなくてもちゃんと話すよ」
そう言うと男は口を開き――言葉ではなく口の中から刀を吐き出した。
「あがぼっ!?」
「「「!?」」」
完全に予想外の出来事に思わず身構える3人。
だがよく見てみれば彼は口から刀を吐き出したのではない。彼の後ろから刀が飛んできてそれが斜め下に頭蓋を貫通して口から出て来たと言った方が良いだろう。
「随分とおしゃべりな部下だな。生きる為には裏切りも息を吐くかのようにする」
口内を貫かれ骸と化した男の背後から一人の女性がゆっくりと歩いて来る。
「まあ別にいいがな。お前たち半ゲダツなどと言った中途半端な生命体に期待はしていない。だからお前らが敗北した事にショックも失望もしない」
そう言いながらその女性は男の頭蓋骨に斜めに突き刺さっている刀を引き抜き、その血に染まった切っ先を仁乃たちに向けた。
「初めまして。たった今この裏切り者が話そうとした形奈だ。よろしくお嬢さんたち」
そう言いながら片目の潰れている転生戦士は妖し気に笑みを浮かべるのであった。




