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ディザイア過去編 酔っ払いの相手をするゲダツ

やばい…主人公が全く出て来てないぞ……。


 「………んあ?」


 闇の中に沈んでいた意識に徐々に眩い光が差し込み、そしてゆっくりと閉じていた瞼を開いた女ゲダツ。

 最初に目に飛び込んだのは少し黒いシミのある天井であり、そして体には毛布が上から掛けられていた。どうやら布団の上で寝かされている様だ。


 「……どこかしら此処は?」


 「私の住んでいるアパートよ」


 声の聴こえて来た方向へと寝そべったまま首だけを動かすとそこにはあの転生戦士である綱木が立っていた。


 「…これはどんな状況かしら?」


 「見ての通りの状況よ。私があなたをここに連れて来て手当てしてあげたのよ」


 さも当たり前の様に答える綱木に益々意味が分らないと口にする女性。

 

 「私はどうしてあなたがこんな馬鹿げた真似をしているのかを質問しているんだけど? 転生戦士であるあなたがゲダツである私を助ける理由なんて本来ない筈よ」


 「あ、やっぱりゲダツだったのねあなた」


 分かりきっていた事とは言え改めて見るとどう考えても完全な女性の人間にしか見えない。

 興味深そうに自分の事をジロジロと昼間の時に道端ですれ違った時と同じく無遠慮に全身を見つめてくる綱木の両の眼。いや、相手がゲダツと理解した事で昼間よりもさらに遠慮無しに観察されている。

 あまり転生戦士に見つめ続けられて少し居心地の悪そうな顔をする女性に思わず綱木は謝ってしまった。


 「ああごめんなさい。ゲダツとは言えあまり女の人の顔をガン見したら悪いわよね」


 そう言いながら彼女は顔を離して再び台所の方へと姿を消していく。

 そんな彼女の後姿を見つめながら彼女は思わずため息をついてしまっていた。


 本当に彼女はどういうつもりなのかしら? あの場で私を殺さず、しかも手当までして自分の住処へと身柄を置いている。今だってあんな隙だらけの姿を見せている。もし私がここで飛び跳ねて襲い掛かったらどうする気なのかしら? その気になればあっさり殺せそうだけど……。


 しかし頭の中でそんな物騒な事を考えつつも彼女も彼女で綱木に襲い掛かろうと言う気分にはなれなかった。別に助けてくれた事に恩義を感じていたわけではないが、何というか毒気が抜けてしまったとでも言えばいいのだろうか? なんにせよ今は戦う気が微塵も起きないのだ。


 「それにしてもゲダツって羨ましいわね。手当したと言ってもあなたの傷、もう塞がりつつあったわよ。人間以上の回復力ね」


 「……そうね。まあ見た目は人間だけど中身はまるで別の生き物なのだから私から言えば何もおかしくないのだけどね。ゲダツの中には自然治癒の力を持っている個体も居る訳だし」


 「本当に羨ましい話だわ。私たち転生戦士は大きな戦力を持っていても中身は脆い人間だからね。傷だって中々感知しないし…」


 そう言いながら彼女は包帯が巻かれている自分の左手を眺めて呟いた。

 彼女の手をぐるぐると覆っている包帯には薄っすらとだが赤い染みが浮き出ている。その痛々しい手を見て傷をつけた張本人である彼女は口を開いた。


 「それだけの傷を負わされていてどうして助けたのよ。あのまま殺した方が後腐れなく終わりに出来たでしょうに」


 「そうね。…まあそう思う事が普通ね」


 自分の未だ痛みが伴う手の甲を包帯の上から優しくなぞった。

 

 「あなたがゲダツである以上は転生戦士である私にはあなたを狩る権利があるわ。何故ならあなたたちゲダツを討伐する為に私たち転生戦士は生まれたのだから」


 「ちゃんと分かっているじゃない。そこまで理解をしていながら何故あなたは私を救おうとするの?」


 「……分からないわよ」


 そう言うと彼女は布団で眠る彼女の隣へと腰を降ろした。

 体育座りの状態で天井を見つめながらポツリと零したその言葉は彼女の本心であった。


 「今まで私が戦って来た、そして倒して来たゲダツは全て会話すら成立しないような異形ばかりだったわ。でも初めて…初めて意思疎通が出来るゲダツが目の前に現れた。その事は本当に衝撃的だったわ」


 そう言いながら上へと向けていた顔を隣で眠る彼女へと向けて尚も続ける。


 「止めを刺そうとした時に見たあなたの顔、とても苦しそうだったわ。どう見ても自分と同じ女性が苦しんでいる様にしか見えなかったわ」


 「呆れたわね。それはつまり同情してしまったという事じゃないの? 外見が例え人に近くとも情けに流されるとはね。やはり人は脆いわね。肉体面だけじゃなく心もね……」


 「そうね、その通りよ」

 

 女性の言葉に対して綱木は否定するどころかむしろ肯定したのだ。

 てっきりそんな事は無いなどと言い返してくるかと思っていたので少し意外に思っていると、綱木はどこか穏やかな声色で言葉を紡ぐ。


 「人間はあなたの言う通り脆い生き物よ。あなたは心身ともに脆いと言っていたけど心の方はあなたが思う以上に脆弱よ。だって見た目が人間と似ている、そんな理由から敵であるあなたも思わず助けてしまうくらいだからね。自分の行為が偽善だと思いつつも、愚かな行為だと思いながらも行ってしまうのよ」


 「………」


 綱木の言葉を聞いて人間はやはり感情の生き物である事を彼女は理解した。

 もしもあの時の勝敗が逆で自分に生殺与奪が得られていたら間違いなく綱木を殺していただろう。間違いなくそう断言できる。まるで道端をウロウロとしている蟻んこを踏み殺すかのように。


 「それで結局は私をどうしたいのかしら?」


 あのまま殺しておけばそれで終わりなのだろうが、綱木は自分を生かしてしまった。しかしこうして敵を生かしてしまってこの後はどうする気なのか尋ねる。

 すると今まで悟りきっていた様な顔をしていた彼女であるがその表情が途端に困ったものへと変化した。


 「え…えーっと、どうしたらいいのかしらね私は?」


 「はあ?」


 綱木のそんな言葉に思わず彼女は呆気に取られてしまう。

 隣で座って居る女は同情だのなんだの言っていたが結局は何か目論見があるものだと思っていた。だが彼女は歯切れ悪くこの後はどうすれば良いのか分からずオロオロとしていた。その姿を見るととてもじゃないが自分を倒した転生戦士とは思えなかった。あの時の公園で戦った彼女は背筋に悪寒が走る程の威圧感を有していたが、今の彼女はまるで物覚えの悪い子供のようだ。

 

 「ねえ…まさか本当に私が苦しんでいたから助けてしまったの? せっかくの会話が成立出来そうなゲダツが現れたから情報でも集めようとか考えなかったの?」


 「いや…え~っと……」


 ……どうやら本当に何も考えず感情に従って自分の事をここまで運んできたようだ。最初は虫唾の走る偽善者の類かと思っていたが、どうやらただの馬鹿のようだ。なんだかここまで間抜けだと不意を突いて襲い掛かってやろうと言う気すら失せてしまっていた。


 「あ、リンゴ切っておいたけど食べる?」

 

 しかも事もあろうにこんな場違いなセリフまで吐く始末。

 そう言えばさっき台所で何かシャリシャリと切っている音が聴こえていた。ゲダツ相手にリンゴを剥くなんて普通に考えればおかしな行為だ。やはりこの女は馬鹿なのか?


 「……どうしろって言うのよ」


 何だか毒気どころかやる気すらも削ぎ落された気分だ。

 ぼんやりとしたまま彼女は上半身をむくりと起き上げると爪楊枝の刺してあるリンゴをシャクッと噛みしめた。




 ◆◆◆




 「へえ~…じゃあ気が付いたら人間になっていたって訳ね」


 「そう言う事になるわね。あなたと同じ転生戦士を食べたら体が変化してね。断定までは出来ないけど転生戦士が身に宿している神力が私の肉体に変化をもたらせたのかもしれないわ」


 「なるほどねぇ~」


 缶ビールを飲みながら綱木は彼女と話をしていた。

 この状況にゲダツ女はどうしたらいいのか分からず内心ではかなり戸惑っていた。


 どうして私は敵であるコイツと普通に会話をしているのかしら? 人間同士の友達じゃあるまいし……。だいたい転生戦士を捕食して姿が変わったなんて聞いたら身構えてもおかしくないでしょ。どこまで能天気な女なのかしら……。


 目の前で缶ビールを飲み、片手でおつまみを口にしながら無防備に接してくる綱木を死んだ目で見つめる敵であるゲダツ女。


 「ごくっ…ごくっ…ぷはぁっ! あーこの瞬間が生きているって感じするわぁ♡」


 「……普通は敵の前でビールなんて飲む?」


 「しょうがないでしょ。だって私がビール飲もうとする直前にゲダツの気配を感じて戦いに出る事になったのよ! よりにもよって今まさに口をつけようとした瞬間に呼び出されてストレスが溜まっていたのよ!」


 もう既に少し酔っ払っているのだろう。彼女は急に語句が強くなり彼女へとうっとおしく絡み始める。

 いつの間にか綱木は隣まで身を寄せて来て彼女へと顔を近づけて来た。


 「てゆーかあなたもさっきから何を大人しくしているの? せっかく転生戦士とお喋りできる機会が今目の前にあるのよ!」


 「ちょっ、お酒臭いわよ!」


 綱木の近づけて来た口からはあ~っと凄まじい酒臭い口臭が鼻を突く。

 そんな態度にムッとしたのか綱木は自分の飲みかけの缶ビールを女性の口元まで持っていき同じように飲ませようとしてくる。


 「ほらほらあんたも飲みなさいよ。せっかく人間の女になれたんだからこの味を知っておかないと損するわよ」


 「いいから一度離れてちょうだいな。本当に酒くさ…」


 「にゃにお~! わらひのさけがのへないのかぁ~!?」


 「もう呂律すら回っていないじゃない! もううっとおしいわねコイツ!!」


 アルコールが回って来たのか綱木の顔は真っ赤となり目ん玉もグルグルと回っている。しかも絡み方もドンドンとウザさを増し本当に殺してやろうかとすら思い始める女性。


 「おねえちゃん聞いてよぉ。実は私は会社で今日理不尽に上司の腐れデブに叱られたのよぉ。しかもあのハゲデブったら叱りながらも私の脚とか胸とかジロジロ見ててさぁ~…うう……」


 アルコールのせいで今度は泣き上戸となりベターッと引っ付いてきてもう応対するのも面倒になってくる。


 「ああもう…私も深く考えるの止めましょうか」


 目の前の正常な判断ができない酔っ払いに対してまともに相手をしても損をするだけ。もう相手が転生戦士だのゲダツだの考えるのも面倒だ。そう考えるとテーブルの上に置いてあるビールを1本手に取るとソレを喉へと流し込んだ。


 その結果狭いアパートの一室にもう一人の酔っ払いが増えた。


 「それでさぁ…前に付きあっていた彼氏が実はホモでさぁ~。わたし男に彼氏を盗られちゃったのよぉ」


 「それはつらいわね。ヒック、あれ? その話さっきもしていなかったかしら?」


 「あれそうだっけ? ところで聞いてよおねえちゃん。私さぁ前に付き合っていた男がホモでさぁ…」


 まともな思考が出来なくなった二人はそのまま深夜になるまで騒ぎ続けていたのであった。



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