正体を隠すための爆殺
砂浜から顔を出したゲダツの1体の顔面が突如として爆ぜ散った光景に思わず加江須は驚き後ろへとのけぞった。
自分は今顔面が爆ぜたあのゲダツに攻撃を仕掛けた覚えはまったく無い。かといってこの場に居る半グレ共が何かをした素振りも見なかった。第一半グレ連中には戦闘能力も無ければゲダツの視認すらも出来ないのだ。
「一体誰が攻撃を……なっ!?」
謎の爆破現象に戸惑っていた加江須であったが背後から感じた冷たい殺気に反応して振り返った。
「……お前だったか」
この時に彼は背後に居るであろう人物を振り返ってこの目で直視するよりも早く相手の正体に気付いて口を開いていた。自分はこのむせ返る程に濃い殺気の持ち主を良く知っているからだ。
「こんな場所で会うとはな。バカンスにでも来ていたのか?」
「そんな尖ったモノの言い方しないでよ。私だって息抜きは必要よ」
「戦いに魅入っているお前が息抜きか。普通は戦いに疲れてガス抜きをするもんだがな」
「ふふ…まあ確かに私には厭戦思考は無いんだろうけど」
そう言いながら加江須の前に現れた少女、仙洞狂華は口元を隠してクスクスと笑った。
相も変わらず胡散臭い雰囲気を身に纏っており、そんな魔女の様な空気が誰よりも似合っている女であった。
しかしそれ以上に彼女が自分の目の前に現れたこの状況はかなり厄介であった。地中に潜むゲダツ相手に手こずっている上にイカれた戦闘狂まで一緒に相手にしなくてはならない。
だがそんな警戒心をむき出しにしている加江須に早とちりせぬように柔らかな声色で彼女は話しかける。
「そう睨みつけないでよ。心配しなくてもいずれはあなたをこの手で殺る気でいるけどぉ、今はあなたに手を出す気はないわ。さっきも言ったけど今回は純粋に泳ぎに来ただけだから」
そう言いながら狂華は加江須の隣へと移動するとウインクをして来た。
「少し観察していたけど手こずっているのでしょう? 手助けしてあげるわ」
「………」
正直に言えばこの女転生戦士ほど信用ならない存在は無いだろう。もしこの女に対して信用できる事があるとすれば自分の命を狙っている、その点だけかもしれない。
「私を信用できない気持ちはわかるけど良いのかしらぁ? 周りを見てみなさいよ」
狂華がそう言いながら顎で周囲に倒れている半グレ達を指した。
「い…いでぇよぉ…」
「腕が…俺の腕がねぇよぉ…」
痛みに呻いている半グレ達を指されて思わず顔を歪ませる加江須。
「もう随分と犠牲者も出ている様だけどまだ無傷の連中は何人か居るわ。せめてそんな奴等だけでも救いたいんじゃないの? だからこそここまで苦戦を強いられていたのでしょう?」
「……随分と前から見ていたんだな」
そう言いながら加江須は狂華に背を向けて未だに地中で泳いでいる残り3体のゲダツへ意識を傾けていた。ここで背を向けたのは彼女が今は自分を殺す気が無い事が理解できたからだ。彼女が自分が戦闘を行っている現場を観察していたと言うのであれば殺すチャンスなどいくらでもあったはずだ。それなのに何食わぬ顔で堂々と自分の前に姿を現したのだ。
「あら、信用してくれたのかしら? 私相手に背中を向けるだなんて」
「今すぐに俺に襲い掛からないと言う事だけは信用してやるよ」
そう言いながら加江須は改めて残りの3体のゲダツに意識を集中するが、そんな彼の肩をポンッと叩いて首を横に振る。
「大丈夫よ。もう終わったようなものだから」
「…何を言って?」
加江須がそう言うと同時に一斉に残りの3体のゲダツが浮上する。
そして――地上へと浮かび上がって来たと同時に彼等の体が激しい爆発音と共に四散した。
「な…なに…?」
先程のゲダツと同様に謎の爆破を遂げて残りの3体も一瞬で駆逐される。
瞬く間に倒されたゲダツを思わず呆気に見ている彼の肩を再度ポンポンと軽く叩いて笑顔を向ける。
「私の爆破能力よ。時間を止めてあのゲダツが地上に飛び出した瞬間に体に触れておいたのよ」
彼女にそう言われて思い出した加江須。
確か彼女は合計で3つの能力を保持していた筈だ。その能力は時間停止、変身能力、そして爆破能力のはずだ。
それにしても気になるのは……。
「お前、俺が戦っている間に時間を止めてゲダツに触れていたんだな」
「そう言う事。凍り付いた時間を動けるのは私だけだからね。もう起爆スイッチを取り付けられているゲダツ相手に右往左往していたあなたは中々に滑稽だったわよ」
「良い性格しているぜお前はよぉ…」
自分が必死に戦っている間にこの女は要所要所で時間を止めてはゲダツに触れていたのだろう。つまりその気になれば彼女はもっと早く対処できたことになる。とは言えこの戦闘狂がそんな殊勝な性格でない事は理解できている。むしろもう決着をつけている相手に悪戦苦闘している姿を見て嘲笑っている姿の方がらしくすら感じる。
「そう怒らないでよ。私が爆破しようとしていたのはゲダツだけじゃなくてねぇ。他の〝対象達〟にも神力を送り込んでいたから手間取ってしまったのよ」
「あん? 他の対象って何のことだよ?」
加江須が不可思議そうな表情でそう尋ねると彼女は邪悪に口元に弧を描いた。
「こーゆーこと♪」
そう言いながら彼女は右手を頭上に掲げて指をパチンと鳴らした。
彼女の鳴らした指の乾いた音が響いた直後――激痛にのたうち回っている半グレ共の体が爆発して弾け飛んだ。
「なっ!? 何をしているんだお前は!!」
そう言いながら加江須は狂華に向けて炎を纏った蹴りを横薙ぎに振るった。
轟音と共に彼女の顔面へと繰り出された蹴り、それは彼女の頬を弾こうとしたのだが攻撃が直撃する瞬間、今まですぐ傍に居た彼女の姿が消える。
蹴りが空振りした後、加江須はバッと背後を振り返るとそこには頬を押さえながらこちらに非難の目を向けている狂華が立っていた。
「危ないわねぇ。あやうく頬を蹴られて歯が吹き飛ぶところだったわよ」
「ふざけんな! 何でゲダツだけじゃなく無関係な連中まで殺した!!」
「別に全員じゃないわよ。ほら周りを見渡して見なさいな」
そう言いながら狂華は半グレたちが一斉爆破した場所を指差した。
爆発の煙が充満していて視界が悪いがよく見ると半グレ共は全員が狂華の手で始末された訳ではなかった。彼女が始末したのはゲダツの手によって襲われた意識のある連中だけであり、未だに気絶している連中には手を出してはいなかった。
「私が殺したのは私たちの戦いを目撃した連中だけよ。はなから気絶しているおまぬけ連中は殺してはいないわ」
「ふざけるなと言っている! この場から逃げようとしていた半グレ共を殺す理由は無いだろう!」
いくら自分や恋人を理不尽に襲おうとしていた連中とは言え悪戯半分で殺されるところを見ては気分が良いものではない。
しかし怒りを滲ませている加江須とは対極に狂華は冷めた顔をしていた。
「もしかして私が面白半分であのゴロツキ崩れを殺したと思っているのかしら?」
そこまで言うと彼女は両手でヤレヤレと呆れた反応を見せる。
たった今大勢の人間を殺しておいてふざけた態度を滲ませる彼女に下唇を噛みしめる加江須。
「私があの半グレ達を爆殺したのは目撃者の存在を隠匿する為よ。ゲダツに殺された者は世界の歴史から消され誰もその者の事を憶えてはいない。私たちの様な例外を除いて…。でもね、ゲダツに襲われても生きていれば自分が不可思議な現象を体験した事は認識できるわ」
そう言いながら彼女は爆殺した連中の方へと視線を傾けた。ぞれに続いて加江須も半グレ共の爆破現場を眺める。
二人の視線の先では爆破の煙が晴れて凄惨な砂浜が瞳に映り込む。
「ぐ……」
加江須は思わず目を背けてしまう。
狂華の手で爆殺された半グレの居た砂浜は大量の真っ赤な鮮血が舞い散っており、砂浜は大小の転々とした赤い染みが彩られていた。その凄惨な現場はまるでスプラッター映画の様な非日常感を感じる程に現実感の無い血の海と化していた。
身体の内部から爆破した半グレ共の血液は未だ砂の上で気絶している半グレたちの体の上にも降り注いでいた。
地獄の様な光景から目を背ける加江須に狂華は尚も言葉を続ける。
「もしもこの場から逃げようとしている連中をそのまま見送りでもしようものならこの夜の砂浜での戦いが世間に知れ渡る。そうなればゲダツを倒すために能力を使っていた私やあなたの正体も知られかねない」
「だから…だから殺したのか? 自分の正体を一般人には知られぬために…!」
「半分正解ね。もちろんソレも理由ではあるけど私のお陰であなたの正体もバレずに済んだわよ」
「……」
確かに狂華の言う事も理解できる。もしもあのまま半グレを帰していたら自分が転生戦士である事がバレていたかもしれない。噂は人から人へとドンドンと広がり自分が普通の人間でない事もいずれは世間に露見したかもしれない。
「だがそれでも……お前が殺したのは俺たちの世界の戦いとは無関係の人間だ」
そう言うと加江須の姿は人から妖狐へと変貌を遂げていく。
「あらあら、今にも食い殺しに来そうな雰囲気♪」
そう軽い口調で言う狂華であるが、彼女の纏う雰囲気は加江須と同様にトゲトゲしいものへと変化する。もしもこの場で一戦交える気があるのならば受けて立つ。言葉にせずとも彼女の纏う雰囲気がそれを物語っていた。
「どうするのかしら? 怒りを堪えて矛を抑える? それとも……」
「………はぁ」
目の前の狂華は危険な存在だ。出来る事ならこの場で仕留めておきたいと言う気持ちがある。しかしあの女とここで戦えば自分の命の保証もない。そうなれば今も旅館で自分の帰りを待っている仁乃たちを悲しませることになる。それに彼女が今回半グレ達を殺害したのは正体を隠すためで意味もあり悪趣味な殺戮ではない。だからと言って許される事ではないが……。
「今回は見逃してやるよ。だが……お前はいずれ俺が……」
そこまで言うと妖狐と化した加江須の瞳が怪しく光る。その氷の様な冷たさを宿した瞳でしばし狂華を射抜き続けた後に彼は高く跳躍してこの場から立ち去った。
そして残された狂華は自分の唇を舐めて頬を紅く染めながら呟く。
「ああ…やっぱり彼のあの殺気は心地いいわぁ。やっぱり彼は私の心を良くも悪くも揺さぶってくれる♡」
そう言う狂華の顔は殺意と恋心の相反した感情をぐちゃ混ぜにした複雑な表情であった。




