神具
「……以上が事の顛末です」
自分たちと別れた後の出来事を全て話し終えたイザナミ。
直属の上司である神には厳しく注意をされるだけで済んだのだが、実の両親からは神としての資質は無かったとみなされ人間としてこの地上へと落とされたこと。
神界での出来事を話し終えた後、彼女の周りで話を聞いていた皆は激昂して叫びそうになった。いや正確に言うのであれば一人の少女は我慢できずに激情のまま大声で吠えてしまった。
「何でイザナミさんがそんな扱いを受けなければならないのよ!!」
彼女の行いで命を救われた身である彼女からすればあまりにも不当なイザナミの処遇に我慢など出来なかった。どうして誰かを救う事で追放までされなければならないのか。その想いはこの場に居る皆が同じであった。声を押し殺しているだけで怒りは沸々と腹の底からマグマの様に煮えたぎってくる。
皆の怒りを堪える表情にイザナミは少しオロオロとしながらも気にしないで欲しいと告げる。
「皆さんありがとうございます。でも私はもう大丈夫ですから。皆さんの顔を見てむしろ元気が戻ったくらいです」
そう言う彼女はここまでの不遇を話したにも関わらず本当に心から笑えていた。
イザナミの父が言っていた通り、神界での彼女は自分の想いをどこか押し殺して過ごしていた。でも今は違うのだ。自分の行動を認めてくれる人達が自分のすぐ近くにこんなにも居る。それがとても嬉しかった。
「という訳でもう私の事で怒るのはやめてください。私はあなた達のお陰で十分救われたんです」
イザナミのそんな無垢な笑顔を見てしまうと仁乃は思わず黙り込んでしまう。
「……分かったよ。本当はお前の両親を殴りに行きたいくらいだけどイザナミがそう言うならこれ以上は何も言わないさ」
加江須がそう言うと他の皆もしぶしぶと言った感じではあるが一先ず納得をする事にした。
しかし下界へと追放されたという事はイザナミにはまだ問題がある。
「でもイザナミよぉ、お前はこの後の生活はどうすんだよ?」
氷蓮の言葉に他の皆も一斉にイザナミへと視線を向ける。
彼女の言う通り当面の生活面での問題が残っているのだ。人間としてこの地上に落とされた以上はもう神界には戻れないのだ。
「そのボストンバックに色々と生活用品が入っているんだろうけど……住む家はどうすんだ?」
「…情けない話ですがまだ当てがありません。ただ色々と〝神具〟は持ってきたんです。地上のお金も随分と持って来ましたし……」
そう言いながら膝の上にのせているボストンバックをパンパンと叩いてアピールをするイザナミ。しかし金銭はともかくとして今彼女が口にした神具とやらが何か気になり質問する。
「何だよその神具ってのは?」
加江須のその疑問は他の皆も考えていたのだろう。全員が興味津々と言った具合でイザナミに視線を傾けていた。
5人の視線を一身に浴びて少し気圧されつつも彼女は神具についての説明をする。
「神具とは私たちの神界でつくられた道具の名称です。指輪やピアスの様な一見すると普通の道具に見えるものにも特殊な力が宿されている道具です。そうですね…私が付けていたミサンガもその内の1つです」
イザナミに言われて思い出した加江須。
そう言えば彼女が腕に付けていたミサンガには神力を封じ込める力が付与されていたと言っていた。
「その今例に挙げた指輪なんかにも神力を封じ込める力が有るのか?」
「道具に宿されている力は多種多様です。私の腕に付けていたミサンガの様に力や能力を封じるもの、逆に特殊な力を付与するものなど種類は豊富なんです」
そう言いながら彼女はボストンバックのチャックを開いて中を探り、その中から二つの指輪を取り出した。
「例えばこの指輪は加護を与える力が有ります」
「加護? それって具体的にどんなもんなの?」
いまいちピンと来ない愛理が首を傾げて加護のより詳しい詳細を求めるとイザナミの補足説明が入る。
「加護と言うのは神様がその力をもってして民衆を助けると言う意味合いです。そしてこの指輪には神の持つ神力と能力が付随されているんです。具体的な効力を言うのであればただの人間でもこの指輪をはめれば神力と能力を使役できるようになるんです」
「……民衆を助ける為の道具か。そんな物がありながらイザナミを追放とは矛盾しているな」
加江須が少し嫌気のこもったような顔でそう言うと思わず苦笑するイザナミ。
このままではせっかく纏めた自分の追放の話題に戻りそうなので神具の話へと軌道修正する。
「とにかくですね、この指輪は言うなれば転生戦士の様な力を指輪を付けている間は身に宿せると言う物です」
そう言ってイザナミが掲げる指輪は外観は全く同じなのだが色合いは違った。
1つは赤色の指輪、そしてもう一つは黄色の指輪だったのだ。
「指輪の色が違うのは何か意味があるのか? それともただの飾りか?」
「指輪の色は指輪に内包してある能力をイメージしてあるんです。赤のこの指輪は炎の力を、そして黄色は雷の力を宿しています」
先程の話だとイザナミは人間としてこの地上へと追放されたと言っていた。となれば彼女の持っているこの指輪なども自衛の為に必要なのだろう。
だがイザナミはその手に持っていた二つの指輪をなんと黄美と愛理の二人へと差し出したのだ。
「この指輪なんですけど実は黄美さんと愛理さんのお二人に渡そうかと思って持ってきたんですよ」
「え…私たちに…?」
「何でわざわざ…」
イザナミにそれぞれ指輪を手渡された黄美と愛理は少し驚きながら何故自分たちにと質問する。
「黄美さんと愛理さんは転生戦士である加江須さんたちと繋がり、いや恋仲である以上はそれ以上の関係です。ですがお二人は失礼ながらゲダツの様な怪物と戦える力はありません。ですので気休め程度でも何か渡した方が良いかなって……」
それは黄美と愛理にとってはこの上なく魅力的な提案であった。この二人は加江須たちが戦っている中で何も出来ない無力な自分に嫌気がさしていた。もちろん転生戦士でないので無理からぬことではあるが、それでも自分たちだって何か力になりたいとずっと願っていた。
そんな自分たちの願望を叶えてくれる都合の良いアイテムが今目の前にある。
「でも…イザナミさんだって今は人間なんでしょう。それなのに私たちだけがこんな物を貰うなんてできないよ」
「うん、ありがたいけどねぇ」
一瞬だけ揺れ動きかけた二人であったが、今はイザナミだって元々持っていた膨大な神力を失っているはずだ。ならばこのアイテムは彼女が使うべきだろう。
だがイザナミは二人に指輪をそれぞれ手渡して首を横に振って大丈夫だと告げる。
「確かに今の私は以前ほどの力を持ってはいません。しかしかなり劣化したとはいえ神力が完全に消えた訳でもないのでゲダツと戦う力は残っています。転生戦士の加江須さん達と同じような存在だと捉えてください」
そう言いながらむんと両手を握って大丈夫だと言う仕草を見せる。
「それにその指輪をはめていればゲダツを視認できます。姿が見えないゲダツの対策の為にはお二人には必要だと思います」
最初は迷っていた二人であったがイザナミに遠慮はしないでくれと言われ二人はそれぞれ指輪を受け取った。
黄美が貰った指輪は赤い炎の指輪。そして愛理が貰ったのは黄色の雷の指輪だ。
「他にもいくつか神具もあるんですがそれは今は良いですね」
「そうだな。それよりも今は住む場所の方を考えるか…」
幸い資金はあるのだ。この町のどこかの物件の安いアパートでも借りようかと考えていたイザナミであるが、そんな彼女に加江須はある確認を取る。
「なあイザナミ、お前が俺の両親に掛けていた催眠はまだ効いているのか? それとももう効力を失っているのか?」
「それはまだ続いてますけど…」
「何だ、じゃあ当面の住む場所は問題ないじゃないか」
そう言うと加江須は自分の足元、正確にはこの家を指差しながら言った。
「今まで通りにこの家で過ごせばいいだろ。遠縁の親戚として」
「ええ、でもそれは迷惑じゃないですか。だって今はもう神界に帰る予定がない以上は先も見えないのですから……」
神界に戻るまではしばし身を置かせてもらおうと考えていたかもしれないが、神界を追い出された以上は今は今後の予定もない。つまりはこの先の計画など何一つとして決まっていない状態なのだ。これではいつまでお世話になるかも不明だ。
だが加江須は特に問題を感じなかった。ウチの両親はイザナミが家にいる間も不満など言わず、それどころか和気あいあいと言った雰囲気のイザナミと両親の構図をよく見ていたのだ。
「下手にアパートなんて住むよりもウチでゆっくりとした方がいいだろ。それにお前だって色々と疲れているだろうしすぐに休める場所が欲しいだろ」
「それはそうですけど…」
加江須の言う通り色々とあったので今はゆっくり腰を降ろせる場所が欲しい事は事実だが、それでもやはり遠慮してしまい中々首を縦に振らない。
そんな彼女に煮えを切らせて加江須は少し脅かすようにもしもアパートに住んだらどうなるのか予想して見た。
「安いアパートなんて借りても決して住んで都なんて事にはならないぞ。安アパートなんて畳は汚れているだろうし壁は薄くて隣の部屋の声は聞こえるだろうし、それにゴキブリなんて出るかもなぁ」
「ご、ごき…!?」
イザナミの頭の中で黒光りする生き物が畳の上を駆け抜けていく姿が想像でき、思わず鳥肌が立ってしまう。
「それに隣人トラブルにも巻き込まれそうだしなぁ…本当にアパート探すか?」
加江須が少し意地悪な顔でそう尋ねるとイザナミは自分の腕を抱きかかえながら青い顔で答えを出した。
「しばらくの間よろしくお願いします」
黒光りする生き物が出るかもなどと言われてしまえばアパート探しなどする気にもならないイザナミであった。




