まるで子供の様な喧嘩
「あーむ…ん~…甘くておいしい♪」
「はあ、何でこうなるんだよ」
甘味屋の椅子に二人並んで座りイチゴ大福を頬張る仁乃。
幸せそうな笑みを浮かべて大福を味わっている彼女の隣では、加江須が財布の中を見つめながらげんなりとしている。
「どうして俺が奢らされるんだよ…」
「文句言わない。元はと言えば加江須が私の手柄を横取りしたからでしょ。むしろイチゴ大福4つで済んで感謝しなさい」
「何だよ手柄って。はあ…理不尽だ」
よりにもよって値段の高いイチゴ大福を4つも買わされるとは思わず予想外の出費にため息を漏らす。
学校が終わった放課後、昼休みの時に言っていた通りクラスへと向かいに来た仁乃。まだ帰り支度も満足に済んでいない自分の事を強引に連れ出そうとしてつくづく強引な性格であると思った。
そして学校を出た直後にこの甘味屋に連れてこられ、そこで強引に奢らされるハメとなった。
「それでわざわざ呼び出しまでしてどうしたんだ? まさか甘い物を奢らせるだけが目的じゃないだろう?」
「むぐむぐ…もひろんほうよ。ひゃんとりゆうはあるは」
「口の中の大福飲み込んでから話せよ。それに口の周りも白い粉が付いているぞ」
指摘を受けた仁乃は少し恥ずかしそうにしながら胸ポケットをまさぐる。先程ここに入れた加江須のハンカチを取り出そうとするがもたつき、胸部分をまさぐる事となる。
そのたびに彼女の胸が揺れるので思わず目をそらして見てないふりをする。
昼休みの時にも思ったが彼女は少し無防備な所があるのではないだろうか? ポケットなんて他にもあるのにわざわざ女性を強調している所に仕舞い込むなど……。
そんな事を考えながらもう一度視線を仁乃へと向け直す。ちょうど彼女もハンカチを取り出せたようでそのまま口を拭っていた。
「どう、これで綺麗になったでしょ。じゃあ改めて……」
口元を拭き終わり椅子から立ち上がる仁乃。いよいよ何が目的で自分を呼んだのか話始めるのかと思ったが……。
「その前に話なら近くの公園とかでしましょう。ここには結構人が居るし、一般の人に聞かせていい話題でもないし」
「じゃあ初めからそっち行こうぜ。なんでわざわざこんな所まで寄り道したんだよ」
「そんなの甘い物が食べたいからに決まっているでしょ?」
「んなもんお前の個人的な我儘だろ!!」
思わず声を出してツッコミを入れてしまう加江須。
そんな彼のリアクションをさらっと流して先に甘味処から離れて歩き出す仁乃。
「ほらー、、早くついてきなさい後輩クン!」
そう言ってそのままマイペースに歩いて行く仁乃の後ろ姿を眺めながら、ヤレヤレといった具合に後に続いて行く加江須であった。
◆◆◆
甘味屋からしばらく歩き続け、当初言っていた人の少ない公園へとたどり着いた二人。
その公園の中に入ると少し懐かしい気分を感じ取る加江須。まわりの遊具を見てみると昔の記憶が蘇えって来た。
――この公園は小学生時代によく黄美と遊んでいた公園だ。
公園の中央付近にある砂場、小さな頃はあそこで二人でままごとやらお城やらを作っていた。
あの頃の黄泉は今とは違い自分の事をカエちゃんと呼んで楽しそうに笑ってくれていた。
「何を感傷に浸っているんだ俺は…馬鹿馬鹿しい」
今更あんな砂場など見て過去の情景を思い返してもなんの意味もない。記憶の中に残っていた昔の黄泉の輝かしい笑顔。しかしもうその笑顔を見る事もなくなればあの女の存在すらどうでもいい。
そんな事を考えながら砂場に視線を送り続けていると肩をパンパンと軽く叩かれた。
「おーい何ぼーっとしてるのよ?」
「いや…何でもない。それより座って話そうぜ」
そう言うと近くのベンチへと腰を降ろした加江須。
その隣に仁乃もちょこんと座り、そして早速転生に関する話を始める。
「あんたは昨日転生したって言っていたけどどれだけの知識があるの? 神力やゲダツについてどこまで知っている?」
「どこまでって……最初にイザナミから転生する奴らは平等に情報共有しているんじゃないのか?」
「イザナミ…その神様が加江須の事を転生させた神様ね」
仁乃の発言でイザナミとの会話でいくつか思い出した事があった。
イザナミ自身も言っていたが神様は何も自分を転生させた彼女だけでない。他にも神様は存在し、それぞれが転生させていると言っていたはずだ。
「(まあ神があんな謝罪製造女1人だけでは不安で仕方がない。他にも世界を見守っている神々が居る方が自然だ)」
そう思い空を見上げて流れる雲を見つめる加江須。
もしかしたら今もあの雲よりもさらに上から自分たちの事を観察でもしているのかもしれない。
「俺がイザナミに聞いたのは転生した時に超人化してゲダツと戦う事。そして成果を収めれば収めるほど願いを叶えてくれるという事だ。他にはゲダツに襲われた人間は存在が抹消してしまうとも言っていた、と言ったところかな……」
「そう言えばクラスメイトが食べられたって言っていたわよね。その後の加江須のクラスはどんな感じだったの?」
「……その食い殺されたクラスメイトの席が消えていたよ。でも誰もその事を気にもしない。それとなくソイツの話をしても誰の事を言っているんだって顔をされたよ」
「そっか…じゃあやっぱりゲダツは襲った人間の存在すら消してしまうのね」
仁乃は自分が事前に聞いていた通りになった事を納得しているがそれを不思議がる加江須。
「お前だって転生前に話は聞かされているんだろ。何で今更納得してるんだよ?」
「だって私は身近の人間を襲われた場面に遭遇してないんだから誰が消えたかなんて確かめられなかったんだもん」
確かに言われてみればその通りだ。別に相手は自分の学園を狙っているわけではない。ゲダツは人間の負の感情の集合体。マイナスな感情が集まり生まれているのだ。そう考えるとあの時は義正の下らぬ嫉妬心が原因でゲダツが現れた可能性もある。
昨日の事を振り返っていると少し違和感を覚える加江須。
あの時、自分はゲダツの視線を感じてゲダツが居る事が分かったが仁乃はどうして分かったのだろうか? その場に居合わせた訳でもないにもかかわらず昨日のゲダツの存在を彼女は見つけていた。
気になった加江須は何故昨日ゲダツが現れた事が分かったのかを尋ねる。
「仁乃はどうして分かったんだ、ゲダツが現れたことに。あの時にお前は現場には居なかっただろう?」
「あー…私を転生させた神様の話では私たち転生戦士はゲダツの気配を直感で感じ取れるようになっているのよ。勿論範囲は限られているけどそこまで遠くなければモヤモヤとした違和感を感じ取れるはずよ」
「な…初耳だぞ」
イザナミからは聞かされていなかったその新情報に加江須は天を睨んだ。
――あの謝り女神がぁ…どうしてそういう大切な情報を伝えず転生させるんだよ。
腹立たしそうに天を睨んでいる加江須の姿を見て仁乃は苦笑する。
「あー…その反応だと教えてもらってなかったようね」
「あの駄目神め。今度もし出会えたらこの事について説教してやる」
「はいはいそこまで。この現実世界で言ってもしょうがないでしょ」
うーっと唸る加江須をどうどうと諫める仁乃に対し『馬じゃないぞ』と言ってむくれる。
そのむくれた姿を見て仁乃は少しおかしそうに声を出して笑い始める。
「…何がおかしいんだよ?」
突然おかしそうに笑われて少し不貞腐れ気味に理由を尋ねると、なお面白そうに笑いながらからかってくる仁乃。
「だって結構淡泊そうかなーって昼休みは思っていたのに今は子供みたいだもん。なんか弟をあやしている気分」
「それを言うならお前だって出逢った当初から子供みたいに騒いでいただろうが。まあ今もどこか子供じみて見えるけどな」
「な、なんですって!?」
今まで面白そうに笑っていた仁乃であったが、加江須に言い返され態度が豹変した。
ベンチから立ち上がると加江須の頬をまたしても掴んできた仁乃。まるで餅のようにみにょーと左右に頬を引っ張られる。
「私のどの辺が子供なのよコイツめ!」
「こういう所だろ! すぐに人のほっぺた引っ張りやがって!」
「いたっ!? このぉぉぉぉ!!」
お返しとばかりに仁乃の頬を両手でつかんで引っ張り返してやる加江須。
お互いに頬を引っ張りながら大きな声で醜い言い争いをしているとふと視線を感じる2人。
公園の入り口の方に目を向けるとランニング中であったのか、ジャージを着ている青年がこちらを見つめて足踏みしていた。
喧嘩の現場を見られて慌てて二人は手を離し座り直す。その際に二人ともベンチの両端まで移動して互いに顔を反対方向へと逸らしている。
しばらく眺めていた青年は再びジョギングを再開してその場から立ち去って行った。
しばし互いに無言のままであったが、気まずくなった加江須が先に謝っておいた。
「悪かったな。少し熱くなり過ぎた」
「……いや、まあ最初に笑ったのは私だし、その…許してあげる」
とりあえずは仲直り出来はしたが、それでも気まずさを完全には払拭できず少し空気が重たくなる気配を二人は感じ取っていた。
「(き、気まず。ここで何か仁乃のヤツが強気に発言してくれればソレをきっかけに持ち直せるが黙ったままだ。)」
何でもいいから何か話題を探していると仁乃の方から話しかけてきた。
「そう言えば成果を収めれば願いを叶えてもらえるけど…何か願いの内容とか決まっている?」
「願いか…正直な所、まだ何も思い浮かんでないな。そういうお前はどうなんだ?」
「ん~…検討中かなぁ」
そう言って会話が終了しそうになる気配を察知した加江須は今度は自分の方から話題を持ち掛ける。
「そういえば仁乃は自分を先輩なんて言っているけど、実際転生してどれくらい経つんだ?」
「えーと…大体1か月半ぐらいだったかなぁ?」
「ふーん。じゃあゲダツはどれだけ倒したんだ」
加江須の質問にうっと声を出す仁乃。
その不自然な反応の仕方が気になりさらにその事を追求する。
「おいおいお前の質問には今のところは全部答えてるんだ。そっちも隠さず教えてくれよ」
「べ、別に隠している訳じゃないわよ。えっと……ちゃんと倒したこともあるわよ。……1体」
最後の方に倒した数をボソッと呟いた仁乃であるが、加江須の耳にはちゃんと聴こえておりジト目で見つめてくる。
「おいちょっと待て。先輩だのなんだの言って俺と同じ数じゃないか」
「しょ、しょうがないでしょ。そんなに遭遇してないんだからぁっ!!」
「ちなみに何回遭遇しているんだ?」
加江須がゲダツと遭遇した回数を訊くと指を折りながら数を数え、そして気まずそうな顔で言った。
「さ…3回かな」
「倒した数より逃がした数の方が多いじゃないか」
「うるさいうるさーい!! まだ転生したばかりでマジもんの戦闘なんてしたことが無かった……」
――その時、加江須と仁乃の全身に何やら悪寒の様なものが走った。
「「!?」」
二人が揃って勢いよくベンチから立ち上がって周囲を確認する。しかしその正体を突き止める前に二人の耳にまるで何かが爆発したかのような大きな破壊音が聴こえて来た。




