事情説明と息抜きと
恋人たちの訪問によって穏やかな朝の時間は急遽の尋問タイムへと変わってしまったのだった。
居間に連行されて何故か正座を強要されながら事情を一から説明する加江須。その時に4人の恋人は加江須の事をぐるりと囲んでおり真夏にもかかわらず寒気を感じ続けた。
だが、取り囲んでいたとはいえ仁乃たちだって彼が本当に浮気なんてしているとは思ってはいなかったのだ。それでもやはり自分たちがいながら他の女性、それがたとえ神様でもやはり同じ屋根の下と言うシチュエーションは黙っている事は出来なかったのだ。
些細な誤解まで解こうと事細かく説明する為、加江須の事情説明は1時間にも及んだのだ。その際に部屋の隅ではイザナミも何故か自分から正座をしながらガタガタと涙目で震えていた。
「………以上が事の顛末だ」
長時間の間、恋人に360度囲まれながらも全てを話し終えた加江須。
途中に仁乃や黄美からの追求に対しても律儀に答えていたので本来なら5分で済ませられる説明だが、ここまでの余計な時間が掛かってしまった。だがその甲斐もあって話が終えたころには4人からの威圧感も消え去ってくれていた。
「なるほどねぇ…ふ~ん…」
加江須の話が終わると仁乃はそう言いながらイザナミの事を見た。
視線を向けられた彼女はひうっと情けの無い声を漏らしながらブルッと身体を震わせる。そんな姿を見て仁乃は思わず半目となってしまう。
「(何でこんなに怯えてるのこの人…ちょっと見ただけなのに)」
正確には人ではないのだが、と言うよりもやはりこの女神様は傍から見られると神様だと思われないみたいだ。それは氷蓮も同じであり、彼女は値踏みするかのような眼でイザナミを観察しながら近づいて行く。
「あ…あの何ですか?」
じりじりと距離を詰められて更に縮こまってしまうイザナミ。
しばしの間、氷蓮は彼女をジロジロと見つめ続ける。流石に少し失礼ではないかと思い仁乃は声を掛けようとするが、それよりも先に氷蓮が口を開いた。
「…お前さぁ、本当に神様かよ? 随分とナヨナヨしているけど」
「ちょ、あんた何を言ってるのよ!!」
仮にも目の前に居るのは神様なのだ。それに対して彼女の態度は不遜すぎると思いすぐさま手で口を塞いでやった。
「この人は神様よ神様! 私たちの様な死んだ人間を転生戦士として生き返らせている神々の1人なんだから失礼な事は…!」
「むぐっ…ぷはっ、何すんだよ乳お化け!」
いきなり口を塞がれて避難の目を向けながら睨みつける氷蓮。
そんな二人の仲裁に入ろうと愛理が間に割って入った。
「はいはい、お二人さん落ち着いて」
そんな風に愛理が場を諫めている中、黄美がイザナミのすぐ傍まで寄って来て話をしていた。
「えっと…カエちゃんからお話は聞いています。イザナミ様…でいいんですよね?」
「あっはい。あの…イザナミと呼び捨てで全然かまいませんので」
氷蓮や仁乃とは違い黄美は比較的に話しやすかったのか、まだ緊張が完全には抜けきっていないが物腰の柔らかい黄美の雰囲気にイザナミの中の緊張も僅かに弛緩したようで困り顔ながらも笑っていた。
黄美は加江須たちの様な転生戦士ではないのだが、加江須からイザナミの話は既に聞かされているので彼女の事はよく知っていた。
「あの…ありがとうございました!!」
突然の感謝の言葉に思わずイザナミは少し戸惑ってしまう。それは他の4人も同じであった。何故初対面の黄美がイザナミに謝意を述べているのか理解できずにいると、その理由は次の彼女の発言で理解できた。
「カエちゃんから聞きました。貴女が…貴女がカエちゃんの事を生き返らせてくれたんだと」
そう、ずっと黄美はイザナミと出逢えた時には礼を述べたいと思っていたのだ。自分の大切な幼馴染、いや恋人をこの現世に蘇らせてくれたイザナミには心から感謝をしていたのだ。
そんな黄美の言葉に他の3人の恋人もそれぞれが顔を見合わせると、黄美と同じようにイザナミの元へ集まると頭を下げる。
「そうよね…貴女のお陰であのバカは生き返り、そして今はこうしてあいつと今を一緒に過ごせている。そう考えると貴女にはちゃんとお礼の一つくらいは言わないとね」
「そうだな。その…さっきは悪かったな。ナヨナヨしているとか言ってよ…」
「うん、神様ありがとね。加江須君の事を助けてくれて」
「い、いえ…私はべつに…」
まさか礼を述べられると思っていなかったのか少し照れ臭そうに笑うイザナミ。
そんな女性の輪を見つめながら加江須は恋人たちの言葉に内心で喜んでいた。
「(俺を生き返らせてくれてありがとう…か…)」
本当に自分は優しい恋人たちに恵まれていると思った。まあ過去には幼馴染間、転生戦士として協力関係だけの間などと色々とあったが、今は自分の4人の恋人が愛おしくて仕方がなかった。
◆◆◆
加江須からの事情説明のその後、居間では皆がイザナミに同情して騒いでいた。
「まったく、イザナミさんの親御さんも少し急ぎ足すぎるんじゃないの? 求めてもない縁談を持って来られても有難迷惑だと思うわ」
「ですよねですよね! 私も両親には結婚の意思はまだ持っていないと言っているのに…うう…」
仁乃がイザナミの身の上話を聞いて我が身のように怒ってくれるとイザナミが嬉し涙を流しながら喜んでいた。
そんな仁乃に続いて黄美も腕組をしながらふんっと小さく鼻を鳴らす。
「女の子にとって生涯のパートナーは自分の意思で決めるべきですよね。よければ私たちも一緒に直談判してあげましょうか」
「ああ…そう言ってくれるだけでこの地上まで逃げた甲斐があります」
地上に降りてから溜まりにたまっていた鬱憤を外に遠慮なく吐きだせて珍しく感情的になるイザナミ。この話は加江須にも話していたが、やはり異性と同性では感性が僅かに違うのか親身になって聞いてくれる少女達が眩しかった。
「しっかし神様でもそんないざこざとかあんだなぁ」
「だよね。私ももっと厳格な世界かと思っていた」
氷蓮と愛理がひそひそと話し合っていた。
そこからも胸の内に溜め込んでいた不満をぶちまけ続けたイザナミ。
「ふぅ…ありがとうございます皆さん。おかげでスッキリしました」
言葉通りどこか憑き物が落ちたかの様な爽やかな顔で礼を述べるイザナミ。
タイミングを見計らって加江須がお茶を淹れ、それを5人の前へと順に置いて行く。
「ほらお茶。しゃべり過ぎて喉が渇いただろ」
「あっ、ありがとうございます加江須さん」
加江須に礼を言うと出されたお茶を勢いよく飲みほしたイザナミ。
これまで見て来たオドオドとしている彼女が普段は見せない少し豪胆な姿によほどストレスが溜まっていたのだろうと加江須は少し苦笑いをする。
「でも結婚かぁ。イザナミって見た目は俺らと変わんないけどだいぶ年取っているんだなぁ」
氷蓮がお茶を飲みながら何気なしに言った一言だったが、そんなセリフに今までスッキリとしていたイザナミのテンションが一気に下降していった。
「このバカッ!!」
「あいて!? 何すんだよ!!」
仁乃が糸を束ねて作った小さなハンマーで氷蓮の頭を軽く小突いた。
いきなり能力を使ってまで攻撃を受けて不満をぶつける氷蓮。しかし今回は黄美と愛理も仁乃の、と言うよりイザナミの味方をした。
「氷蓮さぁ…さすがにそれはないわぁ」
「うん、女の子にそう言う事は言うものじゃないよ」
「(お、女の子か…。でも俺も内心では気になっていたりして)」
黄美の言葉に反応して加江須は項垂れているイザナミに視線を移した。
相手は神様だ。自分たちの様な人間とは違い生きている時間がまるで違う。もしかしたら外見は自分たちとタメと思える彼女ももしかしたら何十年と生きている長寿者かもしれない。
3人からガミガミ言われてしどろもどろになっている氷蓮を庇うかのようにイザナミは気にしないでくださいと言った。
「いいんですいいんです。私…こう見えてもう500年以上も生きているわけですから。氷蓮さんの様に人間の方からすればおばあちゃん…いやそれ以上ですから」
「ご、500年以上だと!? そんなにか!!」
見た目に反して想像以上に長生きしていた事に思わず声に出して驚いてしまう加江須。
その驚きようを見て更に深く沈んでしまうイザナミ。そんな彼に氷蓮以外の女性陣はジト目で彼の事を見つめる。
「あ…ご、ごめんなさい。悪気は無かったんです」
思わず早口で謝罪する加江須であるが、イザナミは悲し気な笑い声と共に『いいんですいいんです』と繰り返していた。
その場に重い空気が漂い始め、せっかく溜め込んでいた不満を吐き出したにも関わらず再び鬱に沈む女神。
そんな空気を払拭するかの様に愛理がわざと大きな声で注目を集めた。
「あのさあのさ! イザナミさんは地上に降りて来てどこか行ってみたい所とかないんですか?」
「ふえ? い、行ってみたい所ですか?」
俯かせていた頭を上げて涙目で愛理に聞き返すイザナミ。
しかし彼女は逃げる為に地上に降り立ったため、どこかで遊んでみようと言う発想すらそもそも無かったのだ。
「その…一応地上のお金は持ってきているのですがどこかに繰り出そうとかは考えていませんでした」
「えーっ、そんなの勿体ないですよ」
イザナミの言葉に愛理がつまらなそうな顔をする。
「せっかく滅多に来れない地上に来たのならガス抜きくらいはしないと」
愛理がそう言うと仁乃が顎に手を当てて『確かに…』と呟いた。
「イザナミさんもストレスが溜まっているのなら息抜きはした方がいいかも」
「おっ! これからどこかに遊びに出るか! いいじゃねぇかよ」
愛理と仁乃の二人に続いてどこかに遊びに出かけるのかと思い氷蓮も嬉しそうに立ち上がる。
そんな盛り上がっている空気に少し戸惑い、イザナミは加江須の方を見る。恐らくはどうすれば良いのか助けを求めているのだろう。
「う~ん…でも一理あるかもな。イザナミはどうしたいんだよ」
「えっと…そのぉ…」
今まではただ親の眼から離れる事だけしか考えていなかったが、しかし知り合いの女神は時たまに地上に娯楽目的で出かけている。その際の土産話を聞かされ少し羨ましくも思っていた。それに手持ち金もそれなりにあるのならば正直に言えば……。
「ちょ…ちょっと興味ありますかね」
そう言いながら今まで気落ちしていたイザナミの瞳は少しキラキラと輝きを放っていた。
こうしてイザナミの息抜き目的の為、6人は外へと繰り出す事となったのであった。




