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何が起きたか理解できない……


 出口まで続いている一本に続く通路、そこを白と氷蓮の二人はまるで門番の様に立ちはだかりそれぞれの手にはキラリと光る刃が水井に突き付けられていた。


 「逃げようとしても無駄ですよ。大人しくしていてください」


 白が抵抗はするなと眼力で圧倒すると気の小さな水井は気圧されて数歩下がる。

 

 「(こ、こいつ等今何も無い場所から刀だの氷だの出したぞ。という事はこいつ等も俺と同じ…さっきの二人組の仲間かよ!!)」


 しかしプール場で問い詰められていた時にはこの二人は居なかった。こっそりと尾行でもしていたと言うのか? この更衣室に来るまで後ろからは誰も追って来てはいなかったはずなのに……!


 水井が何故先回りされたのかを考えていると何やら奇妙な音が聞こえて来た。


 「な…何だこの音…」


 今までこの建物から一刻も早く逃げる事、そして自分の背を追う相手の事しか頭になかった水井。そんな焦りに焦っていた彼は自分の頭上を警戒する事を怠ってしまっていた。それが致命的であったのだ。

 ゆっくりと顔を通路の天井へと向けるがそこには通路を照らす証明と少しシミの付いた天井しかない。しかし彼の聴覚は確かに自分の頭部の真上で何か奇妙な音が出ている事を捉えていた。そう、まるで風を切るかのような音が今も間違いなく聴こえて来るのだ。


 「どうしました。ずっと上を向いていますが」


 そう言いながら白は空いている左手で指を一度鳴らして見せる。


 彼女が心地よい指パッチンをしたその直後、水井の頭上にドローンが出現する。


 「なっ!? ドローン!?」


 「ええそうです。私の作り出したドローンですよそれは」


 白の作り出す道具は神力から作られているだけあり特殊な機能を取り付けて作り出すことが出来る。

 水井の頭上の上で旋回しているドローンには2つの特殊機能。1つはカメラと白の視覚を連結させている事、そしてもう一つがステルス能力、つまりは光学迷彩機能を搭載されていたのだ。


 何故二人が水井を先回りして待ち伏せできたのか、その理由は至って単純だ。

 ドローンを光学迷彩で周囲の景色に溶け込ませ、カモフラージュして水井の跡を追跡し続けていたのだ。本当にそれだけの事。


 実は3手に分かれて捜索を開始する直前に加江須と白はこんな話をしていた。




 ◆◆◆




 氷蓮が先に分かれて捜索を始めた時、加江須は白にある注文をしていた。


 『なあ白、もし次に被害者が出た場合はそっちの方にドローンを向かわせ周囲の人間を観察していてくれ。犯人が紛れ込んでいるかもしれないからな』


 『もちろんそのつもりです。もし見つければそのまま追尾、そして追い込みます』


 そう言いながら無言で上空のドローンを指差す白。

 彼女の示す方角に顔を向けると空中のドローンの姿が消えて行く。


 『ドローンが透明に…ステルス機能ってやつか?』


 『神力で作り出した特注品です。市販の物とは違って色々と出来るんですよ』


 『頼りになる能力だぜ。じゃあ頼むぜ』


 このようなやり取りとが加江須と白の間では行われていたのだ。


 そして次の男女の被害者が出て騒ぎになり迷彩したドローンを向かわせその付近を探っていたのだ。 

 そこで加江須と仁乃の二人が何やら小太りの男を引き留めて話をしていた。あえて現場には近づかずに白は氷蓮の方を探して合流した。


 『……動いた』


 氷蓮と合流したと同時にドローンから移り込む映像では水井が二人から逃亡したのだ。しかも加江須と仁乃は何やら膝をついており、恐らくあの男の特殊能力か何かにやられたのだろう。


 『氷蓮さん、このままヤツを追い掛けます。いえ、先回りしましょう』


 『ああ? 1人で話を進めんなよ! まず説明しろや!!』


 『立ち止まって説明している暇はありません。走りながら説明を挟みます』


 今しがた合流したばかりで事態を飲み込めていない氷蓮の手を引いて二人はそのまま更衣室前で待ち構え、ドローンで追尾されている事に気付いていない水井を追い詰めたのだ。




 ◆◆◆




 「逃げている最中に色々と喋っていましたよね。『俺一人じゃ形勢不利』だとか、『早くこの場から逃げてしまおう』だとか……」


 「ぐ…ぐぐぐ……」


 脂汗を掻きながら水井は歯を食いしばって唸る事しか出来なかった。

 白の作り出したドローンは水井の独り言をばっちりと聴き取っていた。もうこれで目の前の男が自分たちと同じ転生戦士であり、そしてこのプールでの無差別攻撃を行っていた犯人である事は間違いない。


 「ぐっ…そこをどけぇ!!」


 もうこれ以上は誤魔化せないと悟って水井は取り繕う事をやめ眼前の二人に対して吠える。だが彼はどけなどと言っていながらも走ってきたりはせず、そのまま大声を出して開いた口で自分の親指を思いっきり噛み付いた。


 「な、何だぁ?」


 突然の異常な行動に氷蓮が理解できないと言った顔をする。

 

 水井の噛んだ親指は爪が割れて血がボタボタと出始める。

 

 「お、俺の能力は『液体生物を作り出す特殊能力』だ。液体に神力を混ぜて液体生物を作り出せる。いてて……」


 爪が割れた血まみれの親指を二人に突き出しながら自らの能力に対する説明を入れる水井。

 

 「俺の能力は非力なもんさ。何もない液体にそれなりの神力を混ぜ込んでやっと1体の液体生物を作り出せる。でもな――全身に神力がみなぎり、纏っている肉体、その中を循環している血液なら話は別だ!!」


 そう言って水井は親指から零れ落ちた数滴に血液に目を向ける。

 よく見ると指先から落ちて行く赤い雫は地面に落下する前に空中で静止し、その血液の雫が徐々に一つの集まって行く。いや、ただ集まって行くだけじゃない。


 「おい、あの赤い液体ドンドンと膨らんで、いや大きくなっていねぇか?」


 氷蓮の言う通りである。空中の一点に集まった水井の血の雫は寄せ集まったところでスーパーボールよりも小さかった点と変わらぬ大きさだった。しかしソレが今はドンドンと膨らんで行っているのだ。


 「言っただろ。いつつ…神力を含んでいる俺の血液はただの水とは違うって。元々神力が溶け込んでエネルギーに満ちている俺の血液は僅か数滴でもそこから強力な液体生物を作り出せるんだよ」


 そう言っている水井は痛みから汗をかいてはいるが表情は余裕を取り戻していた。 

 プール場では人の目が多かったためにくだらないナマコ擬きの液体生物しか作り出せなかったが、今この通路には他に一般人は居ない。居るのは自分と同じ異質な力を持った者だけなのだ。それならば一番強力で目立つ力も使える。


 「(でも余裕ばかりしていられない。もし人が集まってきたら不味い。この血液体生物で一気に全身の養分を吸い尽くして干物にしてやる)」


 人が来る前に速攻で決着をつけようと言う水井のこの考えは白と氷蓮にもあった。今まだ一般人が来る前に目の前の男を無力化しておかなければ面倒になりそうだ。


 「液体で生物を作る…か…」


 氷蓮は氷の剣を液体生物目掛けて投げつける。

 彼女の投げた剣はそのまま液体生物を通り過ぎて床下に突き刺さる。


 「物理攻撃は通り抜けて行くみたいですね。少し相性の悪い手合いです」


 刀を構えながら水井と液体生物に対して緊張した面持ちで向かい合う白。

 しかしそんな彼女とは対照的に氷蓮は自信のありそうな顔つきで水井を見て笑っていた。


 「俺から言わせればあのデブに同情するぜ。俺の能力なら液体なんぞすぐに氷漬けのオブジェにしてやんよ」


 「馬鹿め! ただの液体とは訳が違うんだよ! 氷漬けに出来るならやってみろぉ!!」


 そう叫びながら水井は液体生物を二人目掛けてけしかけた。

 いつの間にか人間の頭部の3倍は大きく膨張していた赤い球体状の液体生物。水井の前で空中で浮遊していた真っ赤な水風船は水井の指示に従い白と氷蓮の元まで超スピードで迫って行く。


 「させるかよ!!」


 神力を一気に高めて目の前まで迫ってくる液体生物に冷気をぶつけてやろうと両手を向ける氷蓮。


 ――次の瞬間、水井の腹部から鮮血が噴水の様に四散して床や壁、天井を真っ赤に染めた。


 「………あ?」


 「………はい?」


 何が起きたか理解できずに呆気に取られてぽかんと口を開いたまま固まってしまう氷蓮と白。

 

 「ぶばっ……な、にが……ごぼぇぇぇ……」


 目の前で対峙していた氷蓮と白だけではない。腹部から突如として鮮血をまき散らしている水井本人だって何が起きたのか全く理解できていなかった。

 自分が液体生物に目の前の二人へと攻撃命令を出したにもかかわらず次の瞬間には自分の腹から血が噴き出ていた。

 しかし何が起きたのかを水井は考察する事は出来なかった。腹部はまるで刃物で切り裂かれたように肉が深々と裂けており、大量の血がドンドンと体外へと流れ出て行き意識が薄れて行ったからだ。


 「(なんだよ…今何が起きたん…だよ…)」


 とうとう声を出す事も出来なくなった水井は声の代わりに血の塊を口から吐き出し、そして鼻からもドロリと赤黒い血が垂れ流された。重量のある肉体が自分の血だまりに腹から倒れる。

 彼の作り出した液体生物も水井本人が戦闘不可能になった事で空中で弾けて地面に散らばった。


 「(あったかい…な…)」


 自身の作り出した血だまりに腹から倒れた水井が最期に頭に浮かんだのはそんな下らない感想であった。

 

 そして…彼は物言わぬ〝死体〟となり果ててしまった。

 

 「おい…おいおいおいおい!!」


 氷蓮は両手から放出していた冷気をとめて隣の白の肩を掴むと勢いよく揺すりながら眼前で地に伏している水井を指差した。


 「何が起きたんだよ今!? 一体何が!!!」


 「……私に訊かないでください」


 氷蓮の疑問に白が答えられる訳がなかった。

 あの時、自分はあの水井から目を離さず彼の一挙手一投足を見ていたのだ。誓って途中で瞬きだってしてはいない。あの男が液体生物に攻撃命令を出し、次の瞬間に腹から血をまき散らした。自分の見た光景をそのまま話すとこのようになる。


 「(………え?)」


 ここで白は自分の胸元に奇妙な違和感を感じた。

 何かザラザラとした物が水着の間に挟まっているのだ。


 「……これは?」


 視線を水井の亡骸から自分の胸元に移動すると彼女の豊満な胸の間に何やら幾重にも折りたたまれた紙が挟み込んであった。


 「いつ……いつこんな物が?」


 「ああ? 何のことだ?」


 白の言葉に水井の亡骸から視線を切らずに氷蓮が疑問の声を出す。

 氷蓮の言葉に対して何も答えぬまま白は自身の谷間にいつの間にか挟んであった紙を引き抜きそれを広げた。


 そこに書かれていた文字を見た瞬間、彼女は氷蓮の腕を掴んで一気に後方へと飛び退いた。

 



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[良い点] 最近になって最初から読み始めたのですが、好きなタイプのお話です。感想欄だと幼馴染に関して意見があるようですが自分は気にならないです。あくまで小説ですし。 ぜひ完結まで読みたいので作者さんに…
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