プールに行こう 転生戦士との対決 2
「ははは、やった、やってやったぞ!!」
流水プールエリアのプールの中で人混みに紛れて1人の小太りの男が小さく笑い声を出しながら先程野次馬の集まっていた場所を見ていた。そう、先程不可解に女性が干からびていたのはこの男の仕業であった。
彼の名前は水井少子。神正学園の3年生である。
今より夏休みに入る1週間程前、実はこの男は命を落としているのだ。
「ぷすす…我ながら凄い力を手に入れたもんだ」
この少年の死因、それはクラス内でのいじめが原因であった。しかしいじめを苦に自殺をして自ら命を絶った訳ではない。彼はそのいじめを行っていたクラスメイトの手によって殺されたのだ。
学園の階段を下りている最中に背後から強烈な蹴りを背中に入れられ階段を転げ落ちて行き、そのまま頭から地面に激突して死んでいった。霞んでいく意識の死の間際に彼の耳には死に体となっている自分に驚き戸惑ういじめていた男の焦った声だけが聴こえていた。
そこで彼の生命は一度幕を閉じたのだが、彼には神力を操る才がありこうして再び現世に舞い戻れたのだ。
「この力をもっとコントロールできるようになったらアイツ等もこの夏休み中に殺してやる…!」
自分をいじめていた数人のいじめグループ達を自らの能力で頭の中で斬殺するイメージをしていると前に居た他の客にぶつかった。
「ああ、すんません」
ぶつかった相手に水井は素直に謝ったのだが、相手の男の方は振り返ると水井の事を睨みつけて来た。
「てめぇボケボケすんなよな。いてぇじゃねぇかよ」
「す、すいません」
ただ軽くぶつかった程度で痛いわけはないと思ったが小心者の彼は何も言えず、視線を下の方に逸らしながら謝っておく。
だが次の瞬間、水井の腹部がパァンッと思いっきり男の手ではたかれる。
「ぶえっ!?」
「たく、トロトロでぶでぶしてんじゃねぇよブタが!」
苛立ちながら水井に絡んでくる乱暴な男。そこへ男の傍まで1人の女性が近づいてきた。
「ちょっとかんちゃん。何してるの?」
「ああ、コイツが因縁つけて来たんだよ」
「え、違!?」
どうやらこの男のガールフレンドか何かのようだがそんな事はどうでもよかった。それよりも男は水井の方が絡んでいると言っている事の方が重大だ。実際に因縁をつけて絡んでいるのは男の方なのだ。
女性の方は蔑んだ眼を向けながら水井に辛辣な言葉を投げつける。
「はあ? 何よアンタ。かんちゃんに何か用なわけ?」
「い、いや…」
「何をもごもご言ってんだよこのボケ!」
「ぶぎゃっ!?」
一際強い力で水井の腹部をパァンッと弾く男。
あまりの衝撃に彼の体は背後にのけぞり水中へと倒れ込んでしまう。
「ぷっ、だっさーい!」
女性は男の肩から顔を覗かせながらケラケラと水に沈んだ彼の事を心底おもしろそうに笑う。それに釣られて男の方も下品に水井の事をあざ笑う。
「ぷははっ、もっとしっかりと踏ん張れよブタ君よぉ!」
そう言うと浮かび上がって来た水井の顔に手のひらですくった水をパァンッと叩きつけた後に2人は笑いながらその場を離れて行く。
「………」
顔面に勢いよく水を叩きつけられた水井は水中で拳を握りながら体を怒りで震わせる。
――怒りで震える彼の周辺の水が不規則に揺らいでいた。
◆◆◆
休憩所からプール場まで移動した加江須、氷蓮、白の3人は広々としたプール場を見つめながらすでに疲れた様な顔をしていた。
「こん中から特定の人間一誰なのか今の段階では手掛かりがない。
しかしこの場には加江須と氷蓮の2人以上に捜索能力を持っている人物がいた。
「では予定通りドローンを上空に飛ばします」
そう言いながら白は手に持っていた小型ドローンを上空へと飛ばした。
白の手から離れたドローンは3人の誰も操縦している気配が無いにもかかわらず上空からプール場を飛び回り始める。
「すげぇ…本当にアレってお前の頭の中だけで動かしてんのか。便利だなぁ…」
今上空を飛び回っているドローンは白の能力で作り出した物だ。しかもただのドローンとは違い、カメラが創造主である白の視界とリンクしており操縦も白の思念によって動かしているのだ。
華麗な動きで飛び回っているドローンを見つめながら加江須は休憩所での説明を思い返していた。
「これが『空気から物質を生み出す特殊能力』か…。色々と応用が利きそうだな」
休憩所で彼女が何もない手のひらからあのドローンを発現した事には驚いた。
どうやら彼女は空気から物質を作り出す能力を持っており、しかも神力で作り出した物質は普通の物とは少し構造も違う。例えば今上空を旋回しているドローンのカメラは白の視覚と連結しており、尚且つ思念で飛ばしている。他にも彼女が生み出す武器となる物質などにも攻撃力が増強されていたり、特殊な能力を兼ね備えている物を作り出せる。もちろん作り出すたびに神力を消耗するし条件の様な物もあるようだが。
ドローンを操縦しながら左右に居る2人に白が声を掛ける。
「上空から探りつつ、そして地上から3人で周辺の人達の様子を直に見て回りましょう。何か不審な動きをしている者がいるかもしれません」
「不審な動きって…そんな事が分かるのかよ。能力を使っていても見分けられる確証が無いだろうがよ」
「そうかもしれません。しかし既にこのプール場に潜んでいる無差別犯は一人の女性を襲っています。もし次にまた誰かを襲おうとすれば能力がどういうものか解らずとも表情や仕草に出るかもしれません。逆にまた先程の女性の様な被害者が出れば何も知らない一般人は怖れの色が顔に出るはず」
「…さらに逆に言えば犯人はざまあみろ、と言った顔をする訳か」
加江須がそう言うと白は無言で頷く。
「だとしたら次に被害者が出たらその近くに犯人が居るかもな。自分の能力で上手く人を襲えたかどうか確認する為に…」
出来る事なら第2の被害者が出る前に片を付けたいと言うのもあるが、現状では情報がまるで無い自分たちに見つけられるかどうかは正直自信がない。ともあれば一番の犯人を見つけられるタイミングは次の被害者が出た際、その周辺で不審そうな仕草や表情をしている人物が怪しいという事になる。
「だが黙って待っているわけにもいかないか。とりあえず3手に分かれて怪しいヤツが居ないか捜し出そうぜ」
「たくっ、抽象的な人探しだな」
氷蓮がそう文句を垂れた直後、3人はそれぞれ散って犯人の捜索を開始し始めた。
◆◆◆
仁乃に護衛されつつウォーターワールドの外まで無事に出た黄美と愛理。
二人が無事に建物の外に脱出できた後、仁乃だけは再びウォーターワールド内へと戻ろうとする。
「私はもう一度ウォーターワールドの中に戻るわ。2人はこのまま自宅まで直行してちょうだい」
「分かったわ。……気を付けてね仁乃さん。カエちゃんたちにもそう言っておいて」
「ええ、じゃあ私は戻るわ」
黄美に一度頷いた後、再び来た道を戻りウォーターワールドを目指して駆けて行く仁乃。
ドンドンと離れて行く彼女の後姿を眺めながら黄美は悔しそうに拳を強く握って震わせていた。
「…悔しいよね」
愛理が隣に居る黄美にそう言った。その瞳は今の彼女をこの上なく理解し、そして自分と同じ想いを抱いている瞳をしていた。
「私たちは何もできない。こんな時…こうして離れる事が一番の選択だなんてさ…歯痒いよね」
「ええ、そうね」
愛理の言う通りである。自分はこんな時に何も出来ず祈る事だけしか出来ない。自分の大切な人が今もあのプール内では戦っているにもかかわらず……。
「黄美、今はここから離れよう。信じようよ…」
「ええそうね。そうよね…」
自分たちのはそんな事位しか出来ない。この場をただ離れる事しか出来ない無力な〝一般人〟なのだから……。
そう自覚すると黄美に続いて愛理までもが拳を固く握り込んでいた。
◆◆◆
「チックショー、何の手がかりもない転生戦士なんてどう見つけろってんだよ」
流水プールエリアで流れに沿ってプール内を歩きつつ周辺に目を光らせる氷蓮。何か怪しげな動きや妙な能力を発動している者はどこにも居ないかを探し回っていた。しかし今のところの成果はゼロ、それらしい人物はどこにも見当たらない。
「まさか1人殺っちまってそのまま逃げたんじゃねぇだろうな」
だとしたらもう当の昔にこの建物の外に出ている筈だ。どれだけこのプール内をくまなく探しても無駄な徒労で終わってしまうだろう。
「骨折り損のくたびれ儲けってオチは勘弁しろよな…」
そう言いながら一度プールから出ると他のエリアへと向かう氷蓮。
しかしこの時に氷蓮は気が付いていなかった――自分が今まで居た流水プールに…彼女のすぐ後ろの方で探し求めていた犯人が居た事を……。
氷蓮が先程まで居た場所から少し後方付近、流れて行く水に身を任せずその場で立ち尽くす1人の小太りの男が怒りに満ちた顔で自分の足元を見つめていた。
「……よし、2匹目が誕生したぞ。あのクソ男とクソ女を襲って懲らしめて来い!」
水中に浸かっている自分の足元を見つめながら小太りの男は――水井少子は命令を下す。
彼が命令を下した直後、彼の足元の水が不規則に動いていた。そう、水の中は透明で彼の脚しか見えないが確かに彼の足元には〝透明〟な何かが居た。
その水に姿を潜めた2匹の〝何か〟が水井を置いてプールの中をグングンと進んでいった。たった今与えられた命令を遂行するために……。




