明石④
「女三の宮を迎えよ。これは朕の願いであり……
そなたの家にも、血筋という益となるはずだ」
帝の声音は一見おだやか。
だがその奥にひそむ『帝』としての威圧は、広間そのものを静かに支配していた。
誰もが息を潜め、ただ光る君の返答を待つ。
光る君は頭を下げる。
しかし膝はつかず、背筋は微動だにしない。
折れる気配など一つもない。
「……恐れながら、決意は何度申し上げても変わりませぬ。
私はただ一人、紫だけを妻として生きます。
他の誰を娶ることもありません」
空気が刃のように張り詰め、帝は細い目で彼を見据えた。
「そこまで言うか。ならば……
須磨へ下る覚悟は、あるのだな?」
ざわり、と朝臣たちのどよめきが走る。
一瞬後、息を呑む音すら聞こえるほどの沈黙が広がります。
しかし光る君は、眉ひとつ動かさず答える。
「……須磨、にございますか」
その声音には、迷いも恐れもない。
須磨——
あの地には、明石の上がいる。
荒れ地にて、紫の上と離れ、寂しい夜を過ごしていた時、
彼女の温もりに縋ってしまった夜を思い出されます。
月は雲を払い、まるで覗き見るように二人を白く照らし続け、明石の上の太腿の裏をくすぐります。
光る君は彼女の体を仰向けに押し倒したまま、ゆっくりと自分の体を離し、膝立ちになった。
「……見せてくれ」
低く、掠れた声で命じる。
明石の上は恥じらいながらも、震える膝をさらに開いた。
乱れた衣の隙間に、月光が静かに入り込み、さきほどまでの熱の名残を、白く淡く浮かび上がらせる。
太腿の内側はまだ火照り、柔らかな肌には、二人の熱が触れていた証のような、しっとりとした光沢が宿っていた。
冷たい潮風に撫でられるたび、その肌はびくりと震え、つい先ほどまで押し隠せずにいた乱れを思い出させる。
光る君は指先でその跡をそっとなぞり、指についたわずかな湿りを確かめると、戯れるように明石の上の唇へと触れさせた。
「自分の今の顔と……この夜の熱を、ちゃんと覚えておくんだよ」
彼女は目を閉じ、小さく舌先でその指を受け入れる。
海の塩気と、火照った身体の匂いが混じり合い、自らのあまりにあらわな有様を思い知らされて、頬が熱くなる。
光る君は満足げに笑い、今度は彼女の足首を掴んで肩に担いだ。
膝が胸に押しつけられ、細い脚の内側がすべて月光にさらされる。
波打ち際の白い砂と、乱れた衣と、白い肌。
夜の海辺に浮かぶその姿は、どこか現実味を失った絵巻物の一場面のようだった。
「ここが、俺をこんなに狂わせた場所だ」
低く呟きながら、光る君はそっと彼女の内側へ指を近づける。
まだ熱を宿した柔らかな感触が指先を迎え、触れただけで、波の下でざわめく水面のように、かすかな震えが伝わってきた。
「あっ……もう、だめ……敏感すぎて……」
明石の上は首を振り、涙を零す。
けれど腰は正直に、逃げるどころか、触れる指先を追うように小さく震え、揺れてしまう。
光る君は、いたずらを宥めるような声音で彼女の名を呼びながら、
すべてを暴くでもなく、あくまでそっと撫でるだけにとどめる。
それでも、浅く張りつめていた息は一気にほどけ、胸の奥から甘い吐息がこぼれ、波の音に紛れて夜気へと消えていく。
明石の上は背を弓なりに反らし、波間に溶けてしまいそうな声を漏らした。
「ほら、また……波の高みへ攫われそうだ」
言葉と同時に、光る君はふっと手を離し、彼女の足をそっと下ろした。
明石の上の体がびくんと大きく震え、全身がひときわ強く熱を帯びる。
月光が濡れた肌をきらりと照らし、押し殺しきれなかった甲高い声が、夜の海へと掠れて消えていった。
彼女が震えの余韻に呑まれているのを見届けてから、光る君はゆっくりと再び彼女の上へと身を重ねる。
先ほどまで結ばれていた場所に、自分の熱をそっと寄せる。
一度、波の頂を知ってしまったあとの柔らかな体は、触れられただけでまた小さく震え始めた。
「まだ……そばにいたいか?」
「……いたい……です」
明石の上は涙声で答える。
「君……もっと……」
光る君は、彼女の身体を包み込むように腕をまわし、そのまま深く抱き寄せた。
再び交わる瞬間そのものは、波のざわめきと、互いの熱い吐息にそっと紛れさせる。
胸と胸が重なり、鼓動と鼓動がぶつかり合い、明石の上の喉から、抑えきれない声がふっと漏れ出す。
今度はゆっくりとした動きではなく、長く堪えていた想いがあふれるように、強く。
波の音を掻き消すほどに、互いの身体がぴたりと重なり合う気配が響く。
光る君は彼女の腰を両腕で支え、荒い息を吐きながら、その身を離すまいと抱きしめ続けた。
「ここか……ここが、欲しかったのだろう」
耳もとで囁くように言いながら、わずかに角度を変えて、明石の上の心の奥に触れようとする。
そのたびに彼女は目を見開き、涙を流しながら嬌声を上げた。
「あぁっ……そこ、そこです……!」
波打つ海と重なり合うように、二人の体温もまた高まり続ける。
光る君はさらに強く彼女を抱き寄せ、その肩先や耳たぶに口づけを落としながら、彼女だけを確かめるように、すべての意識を明石の上ひとりに注いだ。
その瞬間、明石の上の体がびくりと硬直し、内側の震えが一気に高まり、彼女は波頭が砕け散るような感覚に呑まれて行く。
喉の奥で言葉にならない声が震え、指先が白い砂をぎゅっと掴んだ。
「明石……!受け取れ……全部……!」
堪えていたものがついに決壊したように、光る君の熱も限界を迎えた。
胸の奥から押し寄せる熱が、一気に彼女へと流れ込んで行くような感覚に包まれる。
明石の上は声を失い、ただびくびくと体を震わせた。
互いの鼓動が重なり合うたび、二人の体温はさらに深く溶け合って行く。
ちょうどその時、大きな波が寄せ、二人の体を冷たい海水で包み込んだ。
火照った身体に触れたその冷たさに、明石の上は小さく身をすくめる。
光る君は彼女を抱きしめ直し、肩口に顔を埋めながら、荒い息を吐いた。
月は静かに沈み始め、海はすべてを飲み込んで朝を待っていた。
やがて砂浜に残るのは、二人が寄り添って横たわっていたかすかな痕跡と、波に消えて行く乱れた足跡だけだったのです。
ブックマーク、☆☆☆☆☆、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




