明石③
光る君は紫の上の髪に指を通し、耳にかかる艶やかな黒い絹糸を優しく整えながら、低く甘い声で囁きました。
「あなたの髪……雪よりずっと、黒く、深く、そして美しい」
「っ……恥ずかしい……そんなふうに言わないで……」
紫の上の頬が一気に火鉢より熱くなる。
光る君はその横顔に、そっと唇を触れました。
それはほんの、羽のような口づけ。
触れたか触れないかの、甘い触れ合い。
「恥ずかしいほどが、いいんだ。あなたが俺の言葉でこんなにも赤くなるのを見ると……
どれだけ深く愛されているか確認できて、また言いたくなる」
「……ほんとうにいぢわる……」
そう言いながら、紫の上は光る君の袖をきゅっと握りしめ、二度と離れまいとするように胸へ寄り添います。
光る君はその身体を腕の中に力を込めてしっかりと抱き込み、静かに息を整えました。
それは、確かな愛の成就でした。
まるで永遠を誓う約束のように、二人の指先は自然と絡まりました。
外の寒さとは反対に、二人の間に流れる体温のなんと暖かいこと。
それは衣が徐々に滑り落ちても、より一層の熱を持ち始めるのでした。
外の雪は静かに降り続け、世界が音をなくすほどの白い夜の中で、光る君と紫の上は、一つの、揺るぎない温もりを共有しながら、寄り添うだけで満ちてしまう『夫婦の時間』を重ねていったのです。
外の雪は夜半になっても降り止まず、静寂がまるで厚い絹のように邸を覆っていました。
紫の上は、光る君の腕の中で寄り添いながらも、その胸の奥で、どうしても言葉にできない小さな、しかし鋭い痛みを抱えていました。
数日前から耳にしていた、世間を騒がすあの噂。
『女三の宮を断ったのは、紫の上が懐妊したからだ。
地位の高い北の方を娶るべき時機を逸した』
『恋に溺れて帝の意向に逆らい、政治を曲げたのでは』
『正式な迎え入れの前に内々に契りを交わしたせいだ』
すべて事実ではない。光る君の愛の深さゆえだと、そんなのはわかりきっているのです。
ただ、ほんの少しでも、自分の身分が低いことによって、
あの方の負担になっていないだろうか。
自分の身分が低いせいで、陰で光る君を貶める者がいるのではないか。
紫の上は、光る君の衣をそっと握りしめ、かすかに呼吸を震わせました。
光る君はそのわずかな、しかし見逃さぬ変化に気づき、
静かに紫の上の頬へ手を添えました。
「……紫。あなたの鼓動が、胸が痛む音がする。
何を考えていた?隠し事は無しだよ」
「……噂を、少しだけ耳にして。私のせいで、あなたが……
不当に評価されているのではないかと……」
「紫」
その優しく、しかし重みのある声に、紫の上は堪えきれず、
ゆっくりと目を伏せると、名を呼ぶ声が、それ以上の自責の言葉を許しませんでした。
光る君は紫の上の肩をゆっくりと抱き寄せ、額をそっと自分の胸に押し当てさせます。
その鼓動は、力強く、揺るぎないものでした。
「そんなこと、二度と言ってはだめだよ」
「でも……身分が……」
「紫、あなた以外の妻は不要だからよ。身分など関係ない」
胸の響きが、その言葉の重みと共に直に伝わると、紫の上の指先がわずかに震え、光る君の衣を縋るように強く掴みました。
「……俺は、あなたを傷つけることは、絶対にしないよ」
「……あなた……」
「紫。俺はあなたさえいればいいんだ。この世のすべてと引き換えにしても」
光る君はその頬に唇を寄せ、ひとつ、ふたつ、不安の熱を奪うように、雪が溶けるように触れてゆきます。
その言葉、その仕草一つで、紫の上に積もった不安と羞恥の雪も溶け始め、紫の上は小さく震えながら光る君に抱きつき、まるで失いたくない温もりを確かめるように頬を寄せました。
「……あなた。私、ずっとあなたと……この温もりの中で」
「うん。ずっと一緒に。この夜が明けても、永遠に」
外の雪は、音もなく降り積もり、まるで二人を守るように夜を白く包んでゆきます。
光る君の腕の中で、紫の上はようやく胸の痛みを手放すことができたのです。
その夜、二人の結びつきは、噂や勅命など比べものにならないほど深く、静かに、一つの魂のように溶け合ってゆきました。
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