藤裏葉③
「紫。不安になる必要なんて、一つもないよ。
不安になる隙がないくらい……
今日も、明日も、その先も、ずっと愛すから」
「あなた……」
その呼び名の響きに、光る君は一瞬息を呑み、歓喜と独占欲が入り混じったように腕に力がこもるのです。
「あぁ……だめだ。本当に、その呼び方に弱いんだ」
「や、やめて。そんなこと言われたら……恥ずかしくて……」
「恥ずかしがる紫の『あなた』が……俺は一番好きだから」
紫の上は耐えきれず、光る君の胸元へそっと顔を埋める。
「そんなふうに言うと……胸が苦しくて……
息ができなくなりそう……」
「紫、それは反則だよ。その甘い声で誘うと……
本当に抱いてしまいたくなる」
耳元で落とされる熱い吐息。
そのまま光る君は紫の上を軽く抱き上げ、衾のしつらえられた寝所へと横たえた。
紫の上は小さく震え、けれど愛に満ちた不安と期待が胸に満ちる。
「……あなたが……そうしたいなら……」
「それは……すごい殺し文句だな……」
光る君は紫の上の頬を両手で包み、そのまま深く、魂を重ねるような甘い口づけを落とした。
薄闇が深まり、愛の影がお互いの肌に溶けていく。
「紫……愛しい人」
「……あなた……」
囁きがほどけ、呼吸が重なり、夜の闇はふたりをそっと包み込む。
こうして、
正式な夫婦として迎える三日籠り・三日目の夜は、控えめな光と濃い愛の気配の中で、静かに始まっていくのだった。
三日籠りが明けた翌朝。
夜の静けさの名残をとどめた薄霜が庭に降り、光る君は、
妻となった紫の上を女房に預けると、ゆっくりと歩いて内裏へ向かった。
「光る君、三日も邸を離れられなかったとは……
新婚とはいえ、ずいぶん熱心なことだ」
帝はあきれ半分、興味半分の微笑を浮かべる。
光る君は初夜の余韻と恥じらいを胸に押し込み、深く頭を下げた。
「はい。幼き日より私の側にあった紫を……
この度、『北の方』として正式に迎えました。
三夜、共に過ごし、今後も妻として大切にいたします」
帝はしばらく沈黙し、見透かすように静かに目を細める。
「……あの娘は、幼い頃からあなたに懐いていたな。
苦しい時でさえ、あなたの傍を離れなかった。
あなたがようやく、自らの立場と、人の心を正しく扱えるようになったこと……嬉しく思う」
「……ありがたきお言葉にございます」
光る君は、帝の言葉の中に、若き日の奔放さへの諫めと、
現在の愛への祝福を感じとり、胸の奥がじんと熱くなる。
その時、静かな気配が御簾の向こうから漂った。
香が揺れ、忘れるはずのない、清らかな香りが近づいてくる。
藤壺の宮の御方——
「……光る君、おめでとうございます」
御簾の内に立つ藤壺の宮は、静謐で、どこか母性の影を帯びているようです。
光る君は自然と姿勢を正し、初恋の残滓を断ち切るように深く頭を垂れる。
「藤壺の宮様……ご祝辞、恐れ入ります」
「どうか……幸せにしてあげてくださいね」
「……必ず。この命に代えても」
藤壺の宮の眼差しは、慈しみと静かな赦しを湛えていた。
沈黙が落ちる。その沈黙自体が、祝福であり、別れであり、
昇華であった。
——公の場で、藤壺の宮から祝福される日が来るとは。
光る君は胸の奥が静かに震えるのを感じた。
初恋の痛み、後悔、背徳。
そのすべてを知っている人の口から放たれる祝福。
ああ……やっとだ。
俺は過ちを繰り返さない未来を、選び直したのだ。
藤壺の宮は、光る君がかつて抱いていた感情のすべてを知っていただろう。
だが——今の光る君の瞳の奥にある『紫への真の愛』は、
それとは根本から違う。
彼女は、その変化を確かに見取り、赦し、祝福の形で返してくれた。
それは光る君にとって、過去の罪を清め、正しい道へ足を踏み入れたという何よりの証であったのです。
——あれほど深く、忘れがたかった初恋。
叶わない初恋ほど苦しいものはないと思っていた。
だが、成就しなくても……
その終わりが、こんなにも清らかで、温かく、幸福なものになるとは。
こうして光る君の藤壺の宮への初恋は、静かに、清らかに幕を閉じたのだった。
彼の胸にはただ一人——
紫の上だけが、揺るぎない真の愛として残されたのです。
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