表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】源氏物語溺愛逆行絵巻―紫の上を失った光る君は、もう一度春へ戻る―  作者: 木風
第十四帖 藤裏葉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/68

藤裏葉②

「……おにいさま……どうしたの?」


紫の上がおそるおそる名前を呼ぶと、光る君がすべてを見透かすように柔らかく笑い、

けれど次の瞬間、声音が深く、甘く変わった。


「……紫」

「なぁに……?」

「『おにいさま』は……そろそろやめようか」

「……え……?」


紫の上の心臓がどくん、と跳ねた。

光る君は逃げ道を塞ぐように、そっと抱き寄せて囁く。


「あなたはもう……俺の、誰にも譲らない『妻』なんだよ。

『おにいさま』じゃない。

――俺だけに向ける、正式な呼び方があるだろう?」


「……っ……」


幼いころから八年。

庇護を求める時も、心を寄せる時も、ずっと呼び続けた大切な呼称。

けれど今はもう、それでは足りない。

夫婦としての名を呼ぶ覚悟が、胸の奥から静かにこみ上げてくる。


「……で、でも……その……恥ずかしくて……」


光る君は少し意地悪く、しかし溺れるほど甘い笑みを浮かべた。


「じゃあ、呼んでみて?紫が呼んでくれないと……

俺、泣いてしまうかもしれない」

「な、泣くのはダメ……!」

「じゃあ、ねえ……叶えて?俺の望みを」


紫の上は腕で顔を隠し、逃げたくても逃げられない。

熱が唇に触れるほど近い距離で抱きしめられ、その体温に、

『もう後へは戻れない』と全身で悟らされる。


震える沈黙の後――


紫の上は、羞恥と愛に焼かれた声をしぼるようにして、

耳元でか弱く小さな声で囁くのです。


「……あ……なた……」


光る君の呼吸が一瞬止まった。

紫の上は恥ずかしさのあまり衣にしがみつき、顔を隠す。

頬は昨夜の愛の最中よりも、さらに深い紅。


光る君はその名を受けて、力が抜けるように紫を抱きしめた。


紫の上から呼ばれる「あなた」。

かつて幾度も耳にした呼び名が、今はこんなにも甘く、

胸を貫くとは。


「……紫……あぁ……だめだ……」

「えっ!?ちょっ……苦しい……!」

「嬉しいんだよ。ずっと『おにいさま』だったから……

こんな喜びがあるなんて……」

「……そんなに……?」

「そんなに、じゃない。紫、その声と名を……

もう一度呼んで?その可憐な声で」


紫の上は布団に顔を埋め、震えながら、もう一度小さく呟くのです。


「……あなた……」


その瞬間、光る君は紫の上を惜しみなく抱き寄せ、

身体ごと甘い熱に沈み込むように囁いた。


「三日じゃ足りないな……ずっとこのまま過ごしたくなる」


紫の上は幸福と羞恥で震え、声にならない。

その震えを、光る君はこの世で最も大切な宝物を抱くように包み込んだ。


――こうして、『三日籠り』最後の日、ふたりは『名前』までも愛の契りで結び、永遠の夫婦の絆を、さらに深く刻むのでした。




夕闇がゆっくりと邸を染め始めるころ。

昼間の献身的な甘さの熱が薄れていき、梅の清らかな香が、

静かに几帳の内へと流れ込んでいた。


紫の上は薄紅の袿に着替え、指先で袖をそっと整えながら、

長年の願いが叶った幸福と、その急激な変化への戸惑いで胸を落ち着かせられずにいました。


「……あなた。本当に……この邸の『北の方』に……なれたの?夢ではなく?」


光る君は、柔らかい笑みを浮かべて近づき、紫の前に座ると、

震える手を包み込むように取って、唇をそっと触れます。


「夢じゃないよ。この場所は、これから永遠に……

あなたの座るべき場所だ」


「三日間、俺の腕の中で夜を迎え、今日こうしてあらためて支度を整えて……

公の前で、あなたを正式に『妻』として迎えた。

俺の心に、あなた以外の妻はいない」


「……っ……」


長い不安と、今日の確かな愛の安堵が混ざりあい、涙がぽろりと落ちるではありませんか。

光る君はその雫を指で拭い、深い慈愛を込めて囁きます。


「嬉しい涙?……それとも、まだ不安?」

「……うれしくて。でも、少し……

あまりに幸福すぎて、こわくなってしまって……」


紫の上は袖をぎゅっと握りしめ、その不安がこぼれないように息を押し殺すと、光る君はそっと肩を抱き寄せ、その胸に包み込みます。

ブックマーク、☆☆☆☆☆、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ