朧月夜④
日が高くなり始めるころ、几帳の内側には朝の光が淡く差し込み、薄絹を透かして薄桃の層が揺れていた。
紫の上は、夜明けの幸福の余韻のまま、まつげを震わせながら、光る君の胸に雛のように小さく寄り添っていた。
「……紫。昼になるけれど、起きられそうかな?」
「……はい……でも……この温もりが離れてしまうのが……もう少しだけ……」
小さな声は、昨夜の熱をまだ体の奥に宿している。
息を吸うたび、胸の奥が甘く、熱く疼く。
紫の上はその余韻に頬を染めながらも、光る君の顔を直視できずにいる。
光る君はその様子を、生涯の宝を見つめるように穏やかに見ていた。
「紫。女房たちの足音がするよ」
「っ。では、私……支度を……人前に出られるように……」
「逃げないで。せっかく夫婦になったのだ。今日くらい……
俺だけのものとして、いいだろう?」
「……でも……女房たちに、この……姿を……」
「心配するな。どうせ気づかれている。
昨夜のことも……あなたが俺の名を呼んで泣いたことも。
俺があなたを離さず抱いていたことも」
布団からそっと抜け出そうとした瞬間、光る君に手首を取られ、紫の上は瞬く間に頬を真紅に染める。
「な、泣いたのは……っ……その……嬉しすぎて……」
「知っているよ。泣き声も、とても可愛かった」
胸元に引き寄せられた紫の上は、ぎゅっと目を閉じる。
激しい羞恥心よりも、光る君のぬくもりに触れる安心のほうが勝ってしまう。
ちょうどその時、襖の向こうで控えめな声がした。
「紫の上さま……お食事を、お持ちいたしました……」
紫の上は反射的に身体を離れようとするが、光る君の腕はびくとも緩まない。
「まだ眠っている。几帳の外に置いて下がりなさい」
「……はい……畏まりました……」
女房たちは一瞬の沈黙ののち、器をそっと置く音だけを残して、気配を遠ざけていった。
起き上がれぬほどに愛された姿を、女房たちは几帳越しに感じ取り、女房の声は震えていた。
「……紫の上さま……ようやく……」
袖を押し当ててそっとすすり泣く音が、かすかに届いた。
幼い頃から紫の上を見守ってきた女房たちにとって、ようやく訪れた幸福の朝なのだ。
紫の上は羞恥で布団に顔を埋めてしまう。
「……おにいさま……女房たち……泣いています……」
光る君は紫の耳元でくすりと笑う。
「長く心配をかけてしまったからね。
あの人たちは、北山で見つけた幼い頃から知っている。
今あなたが、ようやく俺の妻として満たされたことを……
ずっと祈っていたんだよ」
紫の上は、困ったように、しかしどこか幸福そうに囁く。
「おにいさま……女房たち……あの……変に思ったり?」
「変に?」
「……昨日の夜から一度も……お顔を見せてないから……」
「そうだね。いまのあなたの顔は、誰にも見せられないな」
光る君の指が頬をそっとなぞる。
声は淡々としていながら、そこに潜む独占の甘さはあまりにも強くて、紫の上の胸にすぐ熱が広がる。
光る君はその紅潮した頬に唇を寄せ、額にももう一度、
静かに愛を落とした。
「今朝はよく泣くね。泣かないでいいよ。
涙は夜の、愛しい時だけでいい。
朝は……俺を見て笑っていて」
その囁きは、紫の上の胸に深く染みわたり、かすかな震えが肩を揺らす。
光る君はその震えすら愛おしむように抱きしめたのでした。
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