朧月夜③
夜がすっかり明け、薄紅の光が簀子戸の向こうから静かに差し込んでくる。
……あんな声まで出してしまって……
思い出すだけで胸が焼けるほど恥ずかしい……
すべてを捧げた身なのに……
顔が火のように熱く、光る君の顔をまっすぐ見ることができず、昨夜の甘い声が、耳の奥でまだ震えています。
近づく気配に気づくと、紫の上は羞恥に耐えきれず、思わず几帳の陰へ逃げ込んでしまいます。
「紫。そんなに可愛く隠れなくていいよ。
昨夜……俺の名、何度も呼んでいたじゃないか」
「っ……おにいさま、それは……忘れてください……」
「忘れるわけないよ。ほら、これを」
光る君が差し出したのは、梅と桜を一房ずつ紡いだような、
清らかな花冠だった。
「花輪を作るなんて、紫が子供のころ以来かな。
昨夜、あなたを泣かせてしまったからね」
「おにいさま……私を、こんなにも……」
頬が朝日に照らされた花のように深く染まる。
光る君はそっと髪に花冠を乗せ、耳元に熱い囁きを落とす。
「紫。昨夜の全部――吐息ひとつまで、覚えていて。
俺の指も声も、あなたに触れた場所全部、
この身に刻まれたように、忘れないで」
……どうしてそんな甘いことを、平然と言えるの……
おにいさまが言うと、すべて真実のように信じたくなる。
己のすべてを、全部、預けたくなってしまう。
光る君は、愛と羞恥に震えるその姿を愛おしむように目を細めると、紫の上はその視線に耐えきれず、几帳の陰にうずくまりました。
震える肩は、もう夜の怖れではなく、朝の甘さで満ちていた。
几帳の陰に隠れてしまった紫の上を、光る君は急かさず、ただ、静かに、その身分を忘れ膝を折り、几帳越しにそっと距離を縮める。
薄桃色の光が屏風に映り、室内に柔らかな、清らかな気配が満ちてゆきます。
「……紫。そろそろ、愛しい顔を見せてくれないか」
「むり……恥ずかしすぎて……お顔を見たらまた涙が……」
消え入りそうなか細い声が几帳の向こうから漏れ、ほんの少し夜の名残で掠れている声に、光る君の胸がきゅうっと、堪え難いほど疼いてしまいます。
「昨夜の、俺の名を呼ぶ、情熱的な声を聞かせてくれた君が、
今さら恥ずかしがるの」
「だ、だめ……!それ以上は……」
紫の上はその場で小さく縮こまり、昨夜の記憶に頬を両手で覆うと、光る君の指先が触れられた瞬間の熱が、まだ身体のどこかで鼓動のように息づいているような錯覚を覚えます。
光る君は、几帳をそっと片手で押し開き、逃げ道を塞がぬように、愛の結界を壊さぬように細心の注意で近づきます。
「紫。こっちを向いて。俺だけを見て」
「……恥ずかしい……」
「恥ずかしいのは、俺を狂わせた昨夜の可愛い声のせい?
それとも……俺が、あなたのすべてを奪ったから?」
その声に肩が震え、耳朶が朝の光でますます赤く染まります。
光る君はそっと抱き寄せ、低く囁く。
「っ……やめて……忘れて……!」
「忘れるものか。一生忘れない」
紫の上は胸元に顔を埋め、細く息を吐く。
頬へ触れる指は優しく、髪をすくう仕草はまるで宝物に触れるようだった。
「紫。顔を見せて」
ゆっくりと顔を上げた紫の上の瞳は、昨夜よりも深く甘い光を宿していた。
「やっと……見せてくれたね」
「……おにいさま……ありがとうございます……」
「紫。ずっと、何があろうと、こうして毎朝迎えるよ」
幸福の涙がこぼれそうになり、光る君が瞼にそっと口づける。
「……はい。永遠に、ずっと一緒に……」
震える声のまま、二人は薄紅の朝の中で寄り添い続けた。
その愛の誓いは、静かに、確かに、永遠へと続いていく。
こうして、光る君が紫の上を三日間、誰にも会わせず籠らせる――
『特別な婚礼』の、清らかで甘い一日目は、静かに幕を開けたのだった。
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