幻③
熱に喘ぎながら、紫の上は震える声で言葉を絞り出した。
「あなたも、私と同じ……なのですね。
あの方を……愛してるんですね……」
同じ人を愛し。
その愛ゆえに嫉妬をし。
高すぎる自尊心ゆえに想いを殺し。
素直になれず。けれども、愛して欲しくて、己のすべてで独占したくてたまらない。
ただただ、あの方、光る君の前では、誰よりも美しく、誰よりもふさわしくありたくて。
胸の奥に閉じ込めていた願いが、死の淵で堰を切ったように溢れ出す。
今、この魂が肉体から離れる前に言葉にしなければ、きっと一生口にすることはないであろう、秘めていた、言えなかった思いの丈を。
「でも私は……おにいさまと……夫婦の契りを結びたい……
死ぬまでずっと……そばにいたい……御子を授かりたい……
今度こそ、おにいさまの『いちばん』でいたいのです!」
それは、時を遡る前の紫の上が、最期の間際ですら決して言えなかった願い。
けれど、もしこの熱が命を奪うのなら——
たった一度だけ、本音のすべてを伝えたい。
その想いが、魂そのままの姿でこぼれた。
その無垢で切実な、命懸けの告白を聞いた六条御息所は、
長い、長い時をかけて目を伏せ、小さい声で、自嘲するように、つぶやきました。
その声音は、自嘲とも安堵ともつかぬ、壊れそうなほど優しい響き。
「……そう……あなたは、それを言えるのね。
言っても……あの方に選ばれる女だから」
六条御息所が嫉妬していたのは、紫の上の美しさや若さではなく、素直に、愛をそのまま言葉にできた自分自身ではなかったのです。
光る君のそばに立てる権威でも、家柄でも、若さでもなく……
ただ……あの夜、あの方の腕の中で、言えなかった想い。
その敗北を悟るように、御息所は儚く笑った。
紫の上は、汗に濡れた身体のまま息を震わせながら、言葉を返した。
「……私は、選ばれたわけではありません……
誰かに選んでほしいわけではないのです」
「え……?」
紫の上は、朧な意識の中でも、確かな想いだけは揺るがずに言った。
「おにいさまを……私が選んだのです」
初めて、自らの傲慢さの根源にはっとしました。
『愛されたい女』ではなく、『愛することを選ぶ女』——
その在り方の違いが、怨念と魂を分ける決定的な差であった。
御息所は、ほんのわずか、痛みに似た呼吸をこぼした。
そしてその眼差しは、いつしか紫を見る光を失い、
どこか遠く、愛してしまった男の面影を追うように滲んでいた——。
紫の上の『自ら愛を選ぶ』という言葉を聞き、
六条御息所は、生まれて初めて、自身の傲慢の根そのものに気づいたのです。
——自分は、愛する前に、愛されることを求めていた。
——選びたいよりも、選ばれたいと願っていた。
自らの足で想いを掴みに行く、この若く清らかな娘の圧倒的な強さ。
自分は、この子のように、最後の瞬間であったとしても、この一言を言えるだろうか。
素直になれず、愛を伝える勇気すら持てず、いつだって自尊心ばかりが前に立ちふさがり、『他の若い女とは違う』と示すことに必死になるばかり。
張り合い、意地を張り、優位を装うことでしか心を守れなかった——
その浅はかさが胸にせり上がってくる。
六条御息所は、紫の頬に冷たい指先をそっと添え、憎しみではなく、静かで深い諦観の色を宿した瞳で囁いた。
「……あなたのことは——もう、呪ってあげない」
その声音には、女の愛と矜持が最後に保てるかたちが、
かすかに揺れていた。
背を向け、歩き始めた御息所の影は、
夜霧のように薄れ、形を失い、静かに溶けていく。
その姿には、敗北ではなく、ようやく愛を手放せた者の沈痛な美しさがあった。
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