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【完結】源氏物語溺愛逆行絵巻―紫の上を失った光る君は、もう一度春へ戻る―  作者: 木風
第十帖 常夏

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常夏①

挿絵(By みてみん)

翌日。

光る君が出仕の支度を整えようと、鏡台の前で衣の襟元を正していると、紫の上はどこか張り詰めた気配を纏ったまま、膝立ちでそっと近づいてきた。


いつもならば、清らかな微笑みで

『どうぞ、お気をつけていってらっしゃいませ』

と、控えめに送り出すだけなのに——

今日は落ち着かず、心ここにあらぬ様子である。


その細やかな変化を見逃すはずもなく、光る君は静かに問いかけた。


「紫?どうしたの……何か心配そうだけれど」


紫の上は、口を開きかけて一度閉じる。

けれど次の瞬間、清水に飛び込むような覚悟を決め、光る君の指先を長い袖越しにそっとつまんだ。


「おにいさまは、どちらの御所へお出かけになるの?」

「宮中へ。このところ政に関わる急ぎの文が、

山ほど溜まっているからね」


その答えを聞くと、紫の上の長い睫毛がふるりと震える。

伏せた瞳のまま、さらに細い声で続けた。


「宮中には……姫君方が、数多くいらっしゃるの……?」


光る君は眉をひそめ、問いの意図をつかめず瞬きをする。

すると紫の上は、袖をつまんだ指にぎゅっと力を込め、恥じらいと不安を混ぜた声で言う。


「昨日……あのように他の殿方から恋文を頂戴してしまって……

少し、怖くなってしまったの」


——その一言で、光る君の動きがぴたりと止まった。

紫の上は胸に手を当て、震える指をそっと押さえながら続ける。


「もし……私が、おにいさまのお傍にいながら、他の殿方から恋文を寄越されてしまうのなら……

おにいさまにも……同じように、いえ、それ以上に……

京中の姫君が想いを寄せたり……」


言いながら、自分でも羞恥に耐えかねるのだろう。

声は震え、しかし嘘偽りのない切実な想いが、必死に光る君へ届こうとしている。


「……おにいさまを、またどこかの見知らぬ姫に、取られてしまうのでは……と。

そんなことばかり、夜通し考えてしまって……」


その瞬間、光る君は激しい衝撃と共に悟るのです。


——これが、紫の上の、生まれて初めての『嫉妬』に似た感情なのだと。


時を遡る以前の紫の上は、どれほど苦しい状況であっても嫉妬を見せず、上手く隠し通し、ただ静かに耐え続けた。

その忍耐こそが、彼女の心をすり減らした一因でもあった。


けれど、今、目の前にいる紫の上はどうだろう。

身を焦がすような不安を、震える声で、必死に、いじらしい様子でしがみつきながらも正直に伝えてくれている。


光る君は、細かく震えるその指を見つめながら、ゆっくりとその儚い手を包み込み、重く、真摯な声で告げる。


「……紫。俺が他の女へ目を向けることは、決してないよ」

「でも、もしもと思うと、不安で……胸が張り裂けそうなの」

「そうか。では今日からは、宮中からも文を送ろう。

愛しいあなたの返事を、首を長くして待つとするよ」

「……はい。必ず……すぐにお返事を書きます」


紫の上は、溢れる感情を必死に押しとどめるように唇を噛み、

涙を堪えるように瞳を伏せると、光る君は、その愛おしい、

小さく震える身体を、自らの強い腕で、深く抱き寄せた。


……こんなにも——。

俺のたった一挙手一投足に、泣きそうな顔をして、こんなふうに切実に頼られて。


胸の奥に、乾ききった大地へ恵みの雨が沁み入るように、

これまで言葉にできなかった『純粋な執着』に似た深い感情が、静かに、確かに灯り始めたのです。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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