玉鬘④
そして、ある日のこと。
紫の上が席を外した、ほんの束の間の隙に、光る君は新たに届いた文を見つけてしまう。
『待ち侘び、心乱れ、ただ君の御香ばかり思い出します。
永遠に明けぬ夜あらば、千夜のうちの一夜にてよし、
どうかただ一度、その麗しい御顔を……』
そこにあるのは、光る君の宝を奪おうとする者の、抑えがたい熱があったのです。
夜の情景を思い描き、その妄執に身を焦がしながら書いたことが明らかで——
何よりその手法は、光る君自身が若き日、名も知らぬ姫君へ幾度となく送ってきた文と、驚くほどよく似ていた。
自らの悪癖とも言える手法が、いま最も守りたかった紫の上へ向けられている。
その事実を突きつけられた瞬間、光る君の背筋を冷たいものが這い上がり、奥底から激しい怒りが込み上げてくる。
「女房。これはいつ、どこの誰からの文だ」
低く抑えた声には、怒りの刃が潜んでいた。
女房は蒼ざめ、震えるように平伏する。
「……ひ、姫様が、お返事に大変お困りになっていた文にございます……」
「そうか。——以後、俺以外の男からの文は、
決して姫に渡してはならないよ」
強く言い聞かせるように告げ、女房を下がらせる。
そして、何も知らぬ様子で戻ってきた紫の上を前にした瞬間、
光る君の胸には、制御しがたい独占欲が燃え上がる。
それを、細い御簾の糸一本のように必死で隠し、柔らかく声をかける。
「紫。この文は——返す必要はない」
「でも……何も返さなければ、あの御方がお気の毒では」
紫の上は、文を胸に抱え、幼子のように隠そうとする。
光る君は、逃がすまいと、その小さな両手をそっと包み込み、
真正面からその清らかな瞳を見つめた。
「俺の文への返事は……一番に、優先してくれないのかな?」
「それは!いつも……一番に、心を込めて書いているのに」
「そうか。その言葉を聞けて安心した。
なら、今後はその愛らしい筆が外へ返事を出す暇もないほど、
俺からの文を絶やさず送るよ」
「……本当に?」
驚きと、隠しきれない喜びが混じった紫の上の声。
光る君は胸の奥でそっと息をつき、思わず安堵してしまう。
紫の上の幸せのため。
紫の上が、運命に翻弄されぬ未来を創るため。
自分が身を引くことこそ最良の策かもしれない——
そんな考えが、一瞬たりとも浮かばないわけではない。
だが、そのすべてを、光る君の本能が激しく否定した。
紫の上の最初の男は、自分でありたい。
そして、この世の最後まで、その座を誰かに譲るつもりなど微塵もない。
男女の熱情も、心の機微も、閨での愛し方も——
他の男に教えられるなど、決して許せるはずがない。
「もちろん。
何よりあなたは、この光る光る君が誰より大切に守る姫だ。
浅はかな男が、軽々しく手紙など寄越していいはずがない」
その声音は、紫の上が想像する以上に、深く甘く、鋼のように強い独占欲を帯びていた。
言葉のひとつひとつが、紫の胸に真っ直ぐ落ちていく。
「では……私が、いつまでたってもお嫁に上がれないのは……
私を、おにいさまが誰よりも好きではなくなったから……?」
紫の上の声が、震えるように切実な響きを帯びて尋ねます。
光る君は、もう否定できないところまで来てしまっていると悟るしかありません。
「好きでない?そんなことはありえない。
——誰よりも、だ。だが、その誰より大切なあなただからこそ……守りたいんだよ」
その言葉に、紫の上の表情がぱっと咲くように明るくなる。
光る君は、その輝きに思わず息を呑みます。
そっと膝をつき、紫の上のそばへ座り直す。
高揚で赤らんだ頬を、指先で優しくなぞると、紫の上は涙がこぼれそうなほど嬉しげに、夜の闇を払うような明るい笑みを見せた。
その、純粋で無垢な喜びの顔。
光る君はその一瞬を胸深くに刻みつけ、改めて強く誓う。
——この娘だけは、絶対に誰にも渡さぬ。
鋼のように固い決意をその胸奥で静かに燃やしながら。
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