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【完結】源氏物語溺愛逆行絵巻―紫の上を失った光る君は、もう一度春へ戻る―  作者: 木風
第九帖 玉鬘

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玉鬘②

その夜。

紫の上は、昨夜の余韻と——何より、胸の奥に芽生えた決意に背中を押されるように、いつもより早く寝所へ向かった。


女房たちが主室の灯りを落とし、夜の帳が深く垂れこめ、物事の輪郭が淡く溶けてゆく頃——

光る君が、そっと襖を開けて姿を現した。


「紫、もうこんなに早く休むのか?」


紫の上は、淡い色の夜着に身を包み、寝台の上で身じろぎもせずに小さく頷いた。

伏せられた睫毛の奥には、後には引かぬ意志が、淡い光となって揺れている。


光る君が慣れた様子で寝台に近づこうとした、その瞬間。

紫の上は、小さな勇気を目一杯に絞り出すように、布団の隣を控えめに——


ぽん、ぽん


と、布を叩く、愛らしい音を立てるのである。


「……おにいさま。今宵も、どうか、こちらに……」


その声は、恥ずかしさに震えるほど繊細で、だが、人生で最も重い賭けに出た、精一杯の勇気が込められているではないか。

光る君の胸に、焼けるような衝撃が走る。


……この子は……また、なんて可愛らしい誘い方を……


紫の上は、布団の端をきゅっと、しわが寄るほどに握りしめ、

一度絞り出した勇気が、夜露のように消えてしまわぬように、

視線を畳の上に落としながら、なおも、不安げな声で続けた。


「あの……私が誘うのは……嫌?」

「嫌なわけないよ。ただ……あまりに愛らしくて。ね?」


光る君の理性という名の鎧が、きしりと音を立てて軋むのを感じながらも、光る君は深く、深く息を吸い込む。

体内に渦巻く、あらゆる『男としての欲』を、必死の思いで押し留めるのである。


腕を伸ばせば触れられる。

抱いてしまえば、すべてが満ちる。

だが——焦ってしまえば、あの悲しい未来を呼び寄せる。


光る君は深く息を吸い込み、熱の奔流を必死に押し返した。


……焦るな。まだ早い。確証を得るまでは——絶対に。


ただ一つ、心を灼く事実だけは、誰にも否定できなかった。


——紫の上は、今まさに恋を知り、その恋は、彼女自身の未来を変えるほどの火を宿し始めている。


光る君が、自らの激情を押し沈めるようにゆっくりと布団の中へ身を滑り込ませると、紫の上は、待ち望んでいたかのようにぱっと顔を上げ、その表情は、夜の闇に咲く花がふわりと綻ぶように可憐であった。


その声も、吐息も、指先の動きすらも——

光る君の強靭な理性を、容赦なく揺さぶる嵐となる。


「……おにいさま。また明日も、隣で眠ってくれる?」

「もちろん。紫が望むなら、何度でも」


光る君は、ガラス細工を抱くよりも慎重に、細い肩をそっと抱き寄せる。

紫の上は安堵したように胸へ頬を寄せ、細い指で光る君の袖をつまみ、まるでその布に命を預けるように、きゅっと握った。


「……私、おにいさまの隣だと、心の底から安心するの……

ずっと、ずっと前から……」


その一言は、光る君の胸の奥、決して触れてはならぬ最深部へ鋭く突き刺さった。


安心——

この娘は、父や兄に向けるような絶対的な信頼で自分を迎えている。

今、もし己の情欲に従い、この清らかな信頼を裏切ってしまうなら、あの悲しい未来どころか、全てが瓦礫のように崩壊してしまうのは、未来を知る光る君自身が、誰よりもよくわかっている。


しかし……このような、無垢な言葉を言われたら……

本当に、もう一歩も引けないところまで来ている……


光る君は、ただ腕を回しただけの抱擁から一歩も進まず、

己の理性を噛みしめるようにして、激しい衝動を押し殺した。


紫の上は、安心しきった子どものようにほどなくまどろみに落ち、小さく、穏やかな寝息を立て始める。

その規則正しい息遣いが、光る君の胸に淡い痛みと温もりを同時に刻む。


光る君は、彼女の命の音とも言えるその寝息を抱きしめるように受け止め、静かに——

しかし確かな決意とともに目を閉じた。


「紫、俺を、どこまで追い詰めて、試すつもりなんだ……」


闇に溶けた囁きは、誰にも届かぬほど小さく、虚しく夜気へ消える。

だがその夜、二人の心の距離は、言葉にすれば壊れてしまいそうなほど、確かに近づいた。


触れるだけの抱擁。

抑制された情熱。

けれど、沈黙の中で交わされた想いは、炎よりも深く、静かに燃え上がる——

そんな、恋が確かに深まった夜であった。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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