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【完結】源氏物語溺愛逆行絵巻―紫の上を失った光る君は、もう一度春へ戻る―  作者: 木風
第八帖 澪標

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澪標③

東の空が白み始めた頃。

光る君が目を開けると、紫の上が小さく震えているのに気づき、体を起こし声を掛けます。


「紫?どうした」

「実は、その。膝が……もう、ぜんぜん動かなくて」

「まさか、一晩中ずっと?」


紫の上は、ふにゃりとした困った顔で微笑むと、恥ずかしそうに目を伏せます。


「だって、おにいさまが泣いたら……

慰めないと……と思っていたら、

気がついたら……夜が明けてしまって」


光る君は思わず息を呑み、そしてふっと笑みを漏らす。

だがその笑みの裏で——胸の奥に熱い痛みが広がっていた。

こんなにもいじらしく、こんなにも愛おしい人を、どうして愛さずにいられようか。

胸が潰れるほどの幸福と切なさが、一度に押し寄せてくる。


光る君はそっと紫を抱き上げ、痺れた足を労わるように寝台へ横たえる。


「……紫。ありがとう。

あなたのその言葉に……俺は救われている」

「わたしこそ……おにいさまのお側にいられることが、

一番の幸せだから」


紫の上は、夜明けの柔らかな光を浴び、静かに微笑んだ。



朝日が差し込む中、二人はようやく、葵の上の死以来、

初めて笑い合えたのです。

六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)との因縁は断たれ、失われていた未来が少しだけ明るく開ける気配がした。

光る君は紫の手を包み込み、ゆっくりと、しかし揺るぎない響きで言葉を落とす。




葵の上の四十九日の法要が済んだ、物哀しい夕暮れの空気の中。

あの朝——

朝霧のように淡い光の中でともに笑い合った時から、紫の上の胸の奥深くに、静かに、しかし消えることのない灯がともり始めていた。


その灯りは、長く自らに課していた、おにいさまへのこの恋心は、決して本当の情になってはいけない。

という、抑圧とも誓いともつかぬ戒めを、どこか遠い彼方へ押し流してしまったのだ。


胸がきゅう、と鳴る。

締めつけられ、息がときおり早鐘のように乱れる。

光る君の広袖に触れそうになるたび、襟元から首筋へとかけて、血潮がじんわりと上るのが分かる。


……この痛みを、忘れることなど、やっぱりできない……


紫の上は、この自覚してしまった想いの深さに、ただ戸惑うばかりであった。

幾度、水の泡のように打ち消そうとしても、気づけば胸の内を温め、同時に締めつけてしまう。

それは初めてではないのに、どこか胎内の記憶のように懐かしく、逃れることのできぬ感情。


古い歌集に恋の詩を見つければ、もしこの情熱をそのまま、あの方へ贈ったなら——

どんな面持ちをされるだろう、と胸が疼く。


艶やかな恋の絵巻物を開けば、そこに描かれた悩める姫に、

いつの間にか己を重ねてしまう。

そんな日々が続くのだった。


ある夜更け。

『今宵はお渡りになります』と女房から告げられた瞬間、

紫の上は、胸の奥がそわりと浮き立つのを押さえらません。


いつもより丁寧に、繊細な沈香を衣の袖に薄く焚きしめる。

鏡台に向かい、艶やかな黒髪を丹念に梳き整え、纏った小袿の襟元を、ほんの少しだけ、触れれば柔らかくしてしまうような、無防備な塩梅に整える。


長く仕える女房たちは、彼女の心の浮き立ちをすべて見透かしながら、気づかぬふりで微笑んでいます。


やがて、宵闇を切り裂くような気配とともに光る君が御簾の内へ入ると、紫の上は、まるで水辺に咲いた花が一斉に顔を向けるように、少し駆け足で近づき、おずおずと、その袖先を爪先でつまむようにして訴えるのです。


「……今日は、ずいぶん早くいらしてくださったのですね」


その声は、恋を自覚した娘特有の可憐な震えを含んでいた。

光る君はその響きを確かに聞き取り、胸の奥に氷が溶けるような温もりを覚えました。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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