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【完結】源氏物語溺愛逆行絵巻―紫の上を失った光る君は、もう一度春へ戻る―  作者: 木風
第八帖 澪標

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澪標②

六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)は嗚咽すらできず、喉の奥から押し潰されたような苦痛の音を漏らす。

光る君はその姿を真正面から見据えたまま、逃げずに断罪を続ける。


「あなたは悪くない。

ただ……俺の側にいるべき人でもない」


——優しすぎる。

——だからこそ残酷。


六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の心の奥に張り付いていた『執念』は、そのひと言で、温もりを残さぬまま、するりと抜き取られてしまったようだったのです。

六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)は、泣きながら嗚咽することもできず、ただ静かに、空虚になった胸元を押さえます。


「……もう、君を困らせません……

去り……一人……静かに、生きましょう……」


光る君は深く一礼し、その背を向けると、六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の静かに畳に落ちる涙の音を、気配を感じながら、二度と振り返らず歩き出しました。


——これで。

——あの未来の『生霊』は、生まれぬだろうか。


そう願いながら、紫の上の待つ二条院へ向かう頃には、

夜の帳がそっと降り、すべてを覆い隠していった。




六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の邸を辞したあと。

胸の内には、冷たい風が吹き続けていた。


それは、葵の上を失った悔恨。

六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)を長く傷つけてきた年月への罪悪。

そして誠実であろうとするほど、胸を締めつける痛み。


そのすべてを抱いたまま、光る君は馬を進める。

守るべき光——

紫の上の待つ二条院へ、静かに、深く息を吐きながら。


御簾の向こうで小さく灯された一つの灯りを見た瞬間、

張り詰めていた光る君の心の糸が、ふ、と音を立てて切れ落ちたように感じられた。


四十九日。

一度も会えぬあいだ、紫の上は毎夜欠かすことなく、同じ位置に灯りをともして待っていた。

その火が、光る君の帰還を知るように、かすかに揺らめく。


光る君はゆっくりと歩み寄り、御簾には触れず、落とすような声で呼びかけます。


「……紫。遅くなってすまないね」


その声音を聞いたとたん——

奥で、小さな吐息が震えた。


椅子を倒しそうな勢いで立ち上がる音、足音、衣擦れ。

ふわりと御簾が揺れ、そっと上がる。


そこにいたのは、夜着姿のまま、ただひたすら光る君を待っていた紫の上。

その目は泣いていないはずなのに、まるで泣き腫らした後のように潤んで見えます。


「……おかえりなさい。おにいさま……」


その一言が胸に触れただけで、光る君はもう堪えきれません。

紫は驚くこともなく、ただそっと静かに光る君の手を取ると、

自分の寝所へ導いてゆきます。


「こちらへ……横になって」

「……紫……俺は……今日……」


光る君は床に手をつき、一瞬だけ目を閉じると、ずっと耐えていた涙が滲むのを隠すように、手で押さえます。

言葉にしようとした瞬間、紫の上はそっと光る君の頭を引き寄せ、自分の膝の上に抱きしめるように置くと、撫でるように柔らかく言葉を紡ぎました。


「……大丈夫です。お話にならなくても。

私が……側にいるから」


光る君の肩が震えると、紫の上の細い指が、幼い頃と同じように髪を撫で、その優しさは、どんな仏の説法よりも深く、

どんな香よりも穏やかで、どんな祈りよりも心を溶かしてくれるようでした。

光る君は膝の上に顔を伏せ、声にならない声で泣き崩れる姿を見せたのは、見せることができるのは紫の上だけだったのです。

紫はその泣き声に合わせるように、ゆっくり、ゆっくり光る君を撫で続けます。


「……泣いてもいいのですよ……

ずっと……がんばってたんですもの……」


光る君の涙が紫の膝を濡らして行く。

夜は深まり、灯は揺れ、風も止み、鳥も眠り、女房の気配すら遠のく。

それでも紫の上は、一晩中、膝の上に光る君を抱き続け、

手を離さなかったのです。


光る君が眠ってしまったあとも、指先はずっと彼の髪を梳き続ける手を止めることはできませんでした。

まるで、彼の傷ついた魂の端まで梳いて癒やすように。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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