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【完結】源氏物語溺愛逆行絵巻―紫の上を失った光る君は、もう一度春へ戻る―  作者: 木風
第八帖 澪標

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澪標①

葵の上の四十九日を迎え、僧の読経がゆるやかに途切れたとき、光る君は深く息を吐いた。

外では、夕刻の紫を孕んだ風が吹き、喪の帳がようやく静かに下りて行く。

長かった闇が、わずかに薄まるような気配があった。


——夕顔。

——葵の上。


物の怪に出会い、魂を蝕まれる時。

あるいは、愛しい人の傍で、冷たい死の足音を感じる時。

その影にはいつも、六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の激しい情念が、ひたひたと寄り添っていた。


最後に彼女に会ったのはいつのことだったか。

伊勢下向を前に、文一つ送らず、光る君は一方的に距離を置いていたのです。

このまま何も起きなければ、美しい思い出のまま、この恐ろしい愛の業を終えられるのではないだろうか。

そんな甘い願望が、一瞬だけ脳裏をかすめます。


「……もう、避けては通れぬか」


独り言のようにこぼれた声は、まるで胸の古傷をそっと撫でたかのようだった。

向かう先は、六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の邸。

避け続けたその場所こそが、葵の死の遠因であると、光る君は誰よりも理解していたのです。


——ここで御息所を放置すれば。

——再び、あの未来を辿る。

——紫を守れなくなる。


だからこそ、喪明けの今日。

光る君は六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)のもとへ赴き、誠実で、そして決定的な別れを告げねばならなかった。


六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)は寝所の縁側で、風を受けています。

芥子の香が揺れ、その奥には、彼女自身が気づいていないほど深く沈んだ『傷んだ心』が、薄い膜を張って潜んでいるようだった。


再会の喜びと、そして得体の知れぬ恐れが複雑に交わり、

美しいのに儚い、夜明け前の影のような揺らぎがありました。


「……お久しゅうございます。

このような折に……わたくしなどのもとへ」


震える声。

それでも、光る君に会えたことへの『消え残る火』のような喜びだけは、どうしても隠しきれない。

その危うい揺らぎに気づいた瞬間、光る君は胸の奥が痛むほどの罪悪感に満たされた。


——放置すれば、六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)は再び壊れる。

——紫を傷つける未来が訪れる前に、この愛執を終わらせねばならない。


光る君は、六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の前に静かに座し、深く頭を垂れた。


「御息所。あなたを苦しませた年月……

すべて、俺の罪です。心より詫びたい」


その言葉に、六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の肩が、鋭い刃物で触れられたようにびくりと震えた。

胸の奥に張りつめられていた何かが、今にも音を立てて崩れ始める気配がしたのです——。


「……光る君……?」


翳りを帯びた声が、六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の喉から零れた。

光る君は彼女の前に静かに膝をつき、深い覚悟を宿した眼差しで言葉を続けます。


「これ以上、あなたを縛らぬためにも……

今日、きちんと別れを告げに参りました」

「……わたくしが……何をしたか……

すべて、お気づきなのでございますか……?」


細く震える声。

六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の胸の奥で、張り詰めていた糸が一つ一つほどけて行く気配があった。

光る君の言葉は、刃物より鋭く、清らかな水よりも静かに、

彼女の深い傷へすっと沈んで行く。


涙がこぼれ落ちる寸前の瞳で見つめられ、光る君は優しく、

しかし容赦なく首を振った。


「この京では、愛と情のゆえに弱った心が、

いつしか鬼に変じてしまうことも珍しくはありません。

あなたを責めるつもりはない。

そもそも、責める資格など、俺にはないのです」


一拍置いて、さらに静かに続ける。


「ただ……どうか。これ以上、誰も傷つかぬように。

そして何より、あなた自身が、闇に飲まれぬように……

心を鎮めてほしい」


その言葉は、慰めでありながら、彼女にとっては最終の『告別』であったのです。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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