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【完結】源氏物語溺愛逆行絵巻―紫の上を失った光る君は、もう一度春へ戻る―  作者: 木風
第六帖 賀茂

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賀茂④

この賀茂の祭の日を境として、葵の上はついに病の褥から立ち上がれぬ身となりました。

ただ、御殿の奥で日がな一日伏し、ひと息つくごとに命の灯が揺れ惑うばかり。

物の怪の仕業であることは、もはや宮中の誰もが察しておりました。


眠りから覚めた細い足首には、覚えのない紅い掌の痕が、

まるで嫉妬の烙印のように深く刻まれている。

またある夜には、長く冷たい髪の毛が、水気を帯びて指先に絡みつき、ほどこうとしてもほどけず、葵の上は泣き叫びながら目を覚ます。

さらには、激しい痛みに気絶するように眠りに落ち、

ふと意識を取り戻したその首筋には、薄く血をにじませる爪痕が幾筋も残されているのです。


物の怪の所業は、日を追うごとに露わに、そして息づかいすら感じられるほど、確実に近づいていました。


光る君もまた、有名な高僧を招き、加持祈祷にと心を尽くしますが、御仏の力すら、この執念の前では寄せつけられぬかのように、病は一向に治まる気配を見せません。


そんなある晩。


いつもの沈黙を破るように、寝静まっていた葵の上の頬を、

大粒の涙がぽとり、ぽとりと伝いました。


はっと気づいた光る君は、すぐにその身を抱き起こします。


「葵の上……大丈夫だ。ここにいる。落ち着きなさい」


優しく言い聞かせるように抱き寄せながら、彼の胸裏には、幼いころの紫の上の寝息がふと蘇る。

泣いて怯えるあの子の背をこうして撫でれば、安心したようにまどろんだ——

その記憶をたぐるように、光る君はただ温もりで葵の上を鎮めようとします。


しかし——


「……いいえ。大丈夫などではございません。

あまりにも、白檀の薫物や、祈祷の念仏が、

わたくしを苦しめるもので」


その声は、葵の上のものではなかったのです。


低く、艶やかで、冷たく芯を通した声音。

ここ数日、弱々しさばかりを漂わせていた葵の上とは比べものにならぬ、

絶対の高貴を纏った声。


そして、その眼差し。

月光をすべて集めたかのように冷ややかで、唇の端にはぞっとするほど恍惚とした笑みが浮かんでいる——


「おひさしうございますわね……光る君」

「……やはり、あなたなのですか」


背筋がぞくりと震え、光る君の心臓が跳ねる。


「ええ。いまのわたくしは……

あなたが焚かせる白檀の香が、嫌で、嫌でたまりませんの」


幾度となく、どうか違っていてほしい、と、心の底で祈ったことでしょうか。

どれほど他の悪しき魂であれと願ったことでしょう。

しかし、己の腕の中で、葵の上の清らかな身体を借りて語りかけるのは——

かつて激しく愛し合った、六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)にほかなりません。


己の軽率な情の持ちようが、あの才気と気品を備えた女性を、ここまで惨い姿に堕としてしまった。

光る君は、生まれて初めて、真の意味での『申しわけなさ』という感情を噛みしめます。


けれど、それでもなお——

どれほど深く愛し合った過去があろうとも、自分の心はもう、彼女から遠く離れてしまっている。

その事実が、今この瞬間ほど冷酷な輪郭で胸に迫ったことはありません。


時を遡り、運命を書き換えようとした自分自身の行いが、

結果としてこの高貴な女性を孤独へ追いやり、

正気を失わせる闇へ突き落としてしまったのだという、

逃れがたい罪の影が、重くのしかかるのです。


「……わたくしは、いつまでも……

再び会いにきてくださるのを、待っておりますわ……」


ねっとりと絡みつく愛執。

その声が、ふっ……と蝋燭が消えるように遠のく。


耳鳴りのような静寂が訪れ——

やがて光る君の耳に届くのは、外を吹きすぎる風の音と、草葉の擦れ合う乾いた気配だけ。


そこに残されたのは、青ざめた顔で意識を失った葵の上と、

愛する妻を苦しめる『愛の亡霊』を前に、ただ成す術もなく立ち尽くす光る君——


その懊悩の影のみでした。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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