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【完結】源氏物語溺愛逆行絵巻―紫の上を失った光る君は、もう一度春へ戻る―  作者: 木風
第六帖 賀茂

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賀茂③

葵の上の御車の周囲には、自然と空間ができ、淀んでいた空気が澄み、清らかな光が通う。

そこだけが、まるで厳粛な儀式の中心のように、安堵の光に満ちて輝いているようでした。


そして——祭のざわめきの奥から、ゆるりと光る君の騎馬が近づいてくるのです。


その姿は、まさに太陽のよう。

光を纏い、風を従え、その存在だけで場の空気が変わる。


人々は息を呑み、次の瞬間——

光る君の視線が、人々の頭を越え、確かに一つの場所で静止しました。


葵の上の牛車。


ただ一つの、彼の妻の居場所へ。

守られるべき命の場所。


その視線はあたたかく、深く、どこか安堵を含んでいた、

騎馬の高みからそう願うような、確かな眼差しでした。


少し離れた日陰の御車。

六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)は、その惨めな御車の簾の隙間から、ただただその光景を、遠巻きのように眺めることしかできません。


光る君の『視線の落差』。

その明確すぎる違い。


光の角度も、人々の視線も、熱狂も、すべてが葵の上へ傾いてゆく。

その対照として、御息所の御車は日に焼けた土の影の中で、ただ沈んで行くばかり。


六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の胸に、静かな、しかし致命的な理解が落ちたのです。


——ああ。

——もう、あの方の視線すら、私は一片もいただけぬのだ。


その瞬間、六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の胸の奥で、愛が『怨霊』へと変わる音がしましたが、その音は誰にも聞こえません。


けれど、世界のどこかで確かに闇が一つ芽吹き、

葵の上を包む光と幸せへと、静かに牙を向け始めたのでした。


その瞬間でした。


六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の呼吸が、ひゅ、ひゅ……と細く途切れ、

押し殺した悲鳴が胸の奥で渦を巻くように震え出します。

まるで鋭利な刃で心臓を抉られたように、指先の血の気がすっと引いて行く。


御車を押しのけられた痛みではない。

群衆の前で受けた屈辱だけでもない。


——光る君の愛が、完全に、自分ではない誰かへ向けられてしまったという事実。


その一点だけが、六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の誇りを、女としての尊厳を、

致命的なまでに深く、静かに砕いていったのです。


ふらりと立ち上がろうとした六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の肩を、女房が慌てて支えようとする。

しかし御息所は、その手を痛ましいほど弱々しく振り払い、

消え入りそうな声で呟きました。


「……帰りましょう。、ここには……

もう、いるべき場所がないわ」


震えを隠すような強がり。

しかしその強がりすら、いまや薄氷のように脆く、

一触で崩れてしまうのが誰の目にも明らかでした。


牛車がぎしりと音を立てて動き始めると、六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の御車は、人々の視線から逃げるように、陽光の差す場から遠ざかり、ひっそりと人波の奥へと溶けていきます。


——もう、誰の目にも映らない場所へ。


その一方で、葵の上の御車の前では。

光る君が馬を降り、帳越しに、優しい声でそっと語り掛けていました。


「葵。……何事もなく、無事で良かった」


その声音は柔らかく、深く、妻を案じ、守り抜こうとする強い光を帯びていた。


葵の上の胸がふっと緩む気配が、光る君には至近で届く。

けれどその『安堵の音色』は、六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)には決して届かぬ場所で、まるで祝福の調べのように響いていたのです。


そしてその日——


六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の胸の奥底で、静かに「一つの誇り」が崩れ落ちました。

砕け散るような激しい音ではない。

ただ、深い暗がりの底に、ひたひたと水が満ちて行くような、

終わりの見えない冷たい虚無。


この闇が満ちきったとき、六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の御息所はもう、生身の女としての枠では留まれない。


——愛が壊れた場所にだけ、怨霊は生まれる。


その静かな『最初の落下』こそが、のちに肉体を離れ、愛執のままに彷徨うあの生霊へと彼女を変貌させて行く最初の一歩だったのです。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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