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【完結】源氏物語溺愛逆行絵巻―紫の上を失った光る君は、もう一度春へ戻る―  作者: 木風
第六帖 賀茂

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賀茂②

どんッ——!


六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の御車が、凄まじい衝撃とともに葵の上の御車へ激突したのです。

牛が嘶き、柱がへし折れ、檜扇が床に転がります。

女房たちの悲鳴は、初夏の空に引き裂かれた絹のように広がったのです。


葵の上は、腹に宿した命を守ろうと、身を硬く縮めます。

その花のように美しい顔から、音もなく血の気が引きます。


「いや……いや……来ないで……」


震える声は、命の灯火が揺らぐかのよう。


その刹那、六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の車の周囲だけ、陽光がすっと色を失います。

まるで空が彼女の影を恐れ、光を避けたかのように。


そこだけ——影が異様に濃い。


湿り気を帯びた墨のような黒さ。

影が、まるで生き物のように、ゆっくりと葵の上の御車へ伸びて行く。


そして、葵の上の御簾へ触れた瞬間。


ぞり……。


絹や木の擦れる音ではありません。

乾いた皮膚の上を、別の生き物の皮膚が這うような、ぞっとする音。


六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の車の奥で、何かが。


いや——

『誰か』が。


「どけ」


と、湿り気を帯びた低い声で呟いた。

怒り、嫉妬、焦燥、愛執——それらが幾重にも重ね合わされ、凝固したような、重く、粘質な声。


「やめて……!!子を……この腹の子を殺さないで……!」


葵の上が叫びあげたその瞬間——

悲痛に満ちた葵の上の叫びが、祭の喧騒に紛れながらも、かえって鮮やかに空気を震わせました。

御車は激しく揺さぶられ、女房が一人、堪らず外へ転げ落ちました。


地面に落ちた女房の悲鳴が、祭の雅やかさを断ち切り、

その場にいた誰もが、ただ一つの確信を抱きます。


——その瞬間です。


六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の御車の簾が、まるで内側から息を吸うように、一人でにふわりと持ち上がるような、異様な感覚が周囲を襲います。

誰かが御車の内部で立ち上がり、外界を睥睨しているかのように、異様な気配が濃密に車体へ貼り付くのです。


形はない。

それなのに、確かに『そこにいる』。


生温かい蜜のようにねっとりした圧力が、風も光も、人の情念すらも歪ませてゆく。

御簾の奥の葵の上の身体が、びくりと跳ね、指先は己の唐衣の袖を掴み、裂けるほどの力で握りしめる。


「光る君……どなたか……助けて……!」


日の光満ちる葵祭のただ中で、一台の牛車だけが深海のような闇へ沈んでゆく。

六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の執念が、とうとう形を取り、愛執の闇が生命を得始めたのです。


葵の上は、ただ震え、声を押し殺すしかありません。

逃げ場もない密やかな箱の中で、物の怪の影は、静かに、確実に近づいていた。


六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の御車が、じり……じり……となおも葵の上の御車へ迫り寄っていた、その刹那——


背後から、位の高い后や大臣家の娘たちの豪奢な御車の列が、まるで急流のように押し寄せてきたのです。

重い金具のきらめきとともに、その巨大な質量が六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の御車の横腹へ力を込め、ぎり……ぎり……と確実に押しやりはじめました。


六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)殿のお車が……っ、押されておるぞ!」


従者たちの声が怒号のように響き渡ります。

女の乗る牛車同士の競り合いは、命のやり取りにも等しく。

けれどそれは、牛の曳く力の勝負ではない。


格の力。


六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)は名声こそ高くとも、すでに『捨てられた愛妾』

光る君の正妻たる葵の上と、公の場で並び立つ資格を、決定的に失った女の御車は、容赦なく、人波の奥、日陰の場所へと押しやられて行くばかり。


押し返されるたびに、六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の御車の簾の奥で、ひゅう……と風のような怨嗟が鳴る。

それは風ではない。

嫉妬と絶望が形を得た『呼吸』でした。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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― 新着の感想 ―
なぜわたしがこのような仕打ちを……怨霊のはじまるところだ。
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