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【完結】源氏物語溺愛逆行絵巻―紫の上を失った光る君は、もう一度春へ戻る―  作者: 木風
第六帖 賀茂

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賀茂①

挿絵(By みてみん)

やがて賀茂祭の頃となり、葵の上は参列を余儀なくされる。


唐衣の重装束を整える侍女たちの指は、緊張のあまり硬くこわばっていた。

当の葵の上も、檜扇を持つ指先がかすかに震えている。


「……何事もなく、つつがなく済めばよいのですが……」


初夏の風に消え入りそうな、細い声。


やがて玉の緒を飾った牛車が邸を発つと、光る君は胸にひやりと痛みを覚えた。

あの得体の知れぬ冷気が、今日に限って『異様なほど静か』だったのだ。


葵祭の行列は、目に鮮やかな初夏の光の中を、ゆったりと進んで行く。

檜扇の彩り、牛車の荘厳な金具、雅楽の調べ。すべてが風流な眺めである。

沿道の人々は、晴れの儀を心待ちにし、和やかなざわめきが道を満たしていた。


——だが、その賑わいの底で。

地を這うような、冷たい気配が息を潜めている。


払われたはずの草むらの影が、風もないのに、ひた……

と揺れたように見えた。

それは、まるで長い恨みを抱えた女の魂が、葵の上を追って、

祭りの華やぎの中へ入り込んで行くかのようであった。


牛車が整然と並ぶ御所の一角。

晴れの儀にふさわしく、どの御車も華やぎをまとっているはずなのに——

ひときわ美しさを放つ葵の上の御車だけが、奇妙な沈黙を孕んでいました。


御簾の奥で、葵の上は檜扇に顔を隠し、微かに震える声を漏らします。


「……また、あの香りがいたします……」


扇の隙間から、そっと車外へ視線を走らせた——

その刹那でございました。


ふ、と。

まるで『誰か』が、すぐ目の前を横切ったかのように。

初夏の光を受けていた空気が、不自然に、そして確かに歪んだのです。


形はない。

しかし『そこに立っている』と、直感が告げる。

その圧力は、祭のざわめきすら吸い込むような、不自然な静謐さを伴っていました。


御簾の奥では、御車を支える柱が、ギ……ギ……

と、細く、しかし確かな軋みを立てました。


それは風の仕業ではありません。

硬い爪で木を押し開き、帳の内に侵入せんとする何者かの意志——

肉体を持たぬものの、恐ろしいまでの『意思』の音でした。


そして次の瞬間、帳が内側から、ばさり、と。


祭の風向きとは逆に、激しく吹き上げられたのです。

深く甘く、されど氷を含む冷たさを孕んだ香りが、乱れた帳の隙間から溢れた。


六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の薫衣香——

愛執が、肉体を離れ、独り歩きを始めた匂い。


六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)殿の御車が葵の上様のお車へ、近づいて参ります!」


外で列を整えていた女房たちの悲鳴に似た声が、ざわりと波紋を広げます。


見ると、六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の御車が、人々の制止など意にも介さず、

じり……じり……と地を削るように葵の上の御車へ迫っているのです。


牛を引く者たちの焦りの声。

車輪の噛み合う軋み。

乾いた地面を擦る轟音は、怒りを噛みしめる歯ぎしりのように響きます。


「寄せるな!下がれ、ここは通さぬ!

六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)殿の車を押し返せ!!」


従者たちは必死に叫び、押し返そうとしますが、六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)の車は動かない。

むしろ、見えない力に押されるように、さらに葵の上へ近づいてくるのです。


御簾の奥から——


ぬっ……と。


闇をまとう腕の影が伸び上がるように見えた者もいました。

ひらひらと揺らめくその影は、人の腕の形をとりながら、液体のように形を歪めては戻す。


「ひぃ……っ!」


葵の上の女房たちは恐怖に膝をつきます。


次の瞬間、運命は避けようもなく訪れました。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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