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【完結】源氏物語溺愛逆行絵巻―紫の上を失った光る君は、もう一度春へ戻る―  作者: 木風
第五帖 初音

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初音④

紫の上は、胸に痛みを押し隠し、無理やり微笑む。

いつもそうだ。

幼いながら、思いを隠すときほど強く微笑むのだ。

八つも年下の少女にそんな微笑みをさせてきた——

紫の上のその強さに、光る君は甘えてきたのです。


その事実が、光る君の胸をきしませます。


「随分、大人になったんだね。寂しくはないのかな」

「おにいさま。わたし、もう十三歳よ?」


十三——もう十三。

時を遡る前、紫の上を『初めて抱いた』その運命の年齢に至ってしまった。


早く、この光る君を受け止められる、美しい大人になった姿で自分を受け入れてほしい。

いや、大人にならないで、いつまでも子供のまま、穢れを知らぬ姿でそばにいて。

どちらの願いも本心なのです。魂が二つに引き裂かれるようです。


三年。

紫の上の幸せだけを考え、ただ守り、愛を注ぎ続けた三年。

それでも——

光る君はまだ確信できない。

紫の上が、一片の涙もなく、生涯を豊かに生き切れる未来が、

本当に来るのかどうか。


「おにいさまのやや子……わたし、楽しみなの!

きっと可愛いに違いないわ!」


紫の上は無邪気に笑い、胸の痛みをごまかそうとする。

光る君は、そんな彼女を見つめながら、胸の奥でふたつの願いに引き裂かれる。


——いつまでも、ただこの子を独占していたい。

——いや、いっそ誠実な公達がこの子をさらって幸せにしてくれたなら……


だが同時に思うのです。


自分以外の男に、この子を任せるなど——

できる気がしないまま、変えられない未来がまた一つ、

光る君の眼前に近づいてくるのでした。




「……よく、眠れないのです……」


あれほど気位高く冷たかった葵の上が、今は怯えに震える小声で漏らす。


最初は遠く、ただ肌を撫でるような冷気にすぎなかった。

だが、その気配は日ごとに近づき、濃密となる。

いつ嗅いだか定かでない、澱んだ香の匂いが薄温む風にのり、

葵の上ただ一人を狙うように、粘りつくように迫ってくる。


膚に湿りを残し、指先で触れるような気さえするその気配。

それは、息をひそめ忍び寄る何者かの存在そのものだった。


「不安で……不安で……この身に子を宿し、産むなど……

なんと、おそろしい……!」


褥の上で震える絹の衣擦れにも似た、その嘆き。


「葵。心配は要らない。当分のあいだ、俺がそばにいる。

……俺たちはようやく、真の夫婦になれたのだから」


光る君は静かに囁き、華奢な肩を抱き寄せる。

衣の下の肌の緊張が、手のひらに切なく伝わった。

吐息の触れ合う距離で、額に落ちた髪をそっと払うと、

震える身体を深く、深く包み込んだのです。


だが、どれほど祈祷を重ねようと、怪異の足音は止まらない。


修験者は念誦を上げ、巫女は神を降ろせず、名うての陰陽師ですら調伏の術を失っている。

篝火を焚いても、弓弦を鳴らしても、気配はますます濃くなるばかりだった。


そしてある夜、空気だけを運ぶはずの物の怪が、ついに『跡』を残し始めます。


女のものと思われる、華奢で湿った足跡。

最初は庭先にぽつりと。

次に濡れ縁へ。

やがて廊下をすべるように進み、ついには葵の上の寝所の帳の、ほんの手前で途絶えていた。


葵の上の悪阻がわずかに落ち着いた、束の間の静けさ。

だがその静寂こそ、嵐が息を潜めている証であったと、

のちに光る君は知るのでした。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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