初音①
夜明けの刻……
墨色の夜を裂くように、青磁色の冷たい光が障子の間から忍び込みました。
昨夜、二人を包んだ熱は、朝の静寂によって容赦なく照らし出される。
敷き乱れた衣、かすかな香の残り香。
葵の上の白い指先は、疲れ切ったように布団をかすかに掴んだまま眠っています。
光る君は、乱れた衣を整えながら、わずかに震える指で胸元を押さえ、深く息をつきました。
その指先は、夜露に濡れた青葉のように冷たい。
胸の中に残ったもの——
それは、紫の上を求めた『激情の残滓』であり、
愛しい紫を胸の奥で反芻しながら、正妻である葵の上を抱いてしまったという深い罪悪感。
そして、己の腕の中に、一瞬でも『愛』の錯覚を与えてしまった葵の上。
布団の向こう——
葵の上の寝顔はほんのり薄紅に染まり、静かな満足の気配を湛え、疲れ切ったように、穏やかな微かな吐息を立てています。
その白い頬は、僅かに薄紅に染まり、昨夜、彼女の氷のような矜持が融解し、歓喜に震えたことを静かに物語っているようです。
だが——光る君にとっては。
その幸福は、朝の光に触れた露のように、はかなく消え失せる幻でしかなかった。
彼が去れば、葵の上は再び孤独の静寂へ戻る。
昨夜の温もりは、彼の胸の中では『紫の上の記憶の影』でしかない。
それは、この世の無常そのものでした。
光る君は、一瞬だけ葵の上の寝顔を見つめた。
その眼差しには、同情でも、愛情でもなく——
避けられぬ悲劇を悟る、静かな痛みだけが宿っていた。
立ち上がると、狩衣から濃密な香がふわりと立つ。
それは光る君の薫物と、葵の上の高貴な香が混じり合った一夜限りの証。
しかしその香りも、紫の上の待つ邸に戻れば、すぐに『無かったこと』になってしまう。
紫の上への一途な献身だけが、かつての罪を贖う、唯一の道なのだから。
部屋を出る直前、光る君は一瞬だけ立ち止まり、障子越しの朝の光を受けながら瞼を閉じた。
冷たい朝の光を浴びて身を固くしますが、すでに彼の頭の中にあるのは、小さな、愛しい紫の上のことばかり。
ゆっくりと歩み出すその背には、朝霧のようにしっとりとした影がまとわりつく。
その影こそ、いつか訪れる破局を、静かに予兆しているかのようでした。
「殿は……?」
生まれて初めて、真に愛されたのだと——
そう錯覚してしまうほど甘い夜を経た翌朝。
清らかな衣の乱れとは裏腹に、寝所には葵の上ただ一人。
彼女の隣にあったはずの温もりは、すでに冷え切り、
まるで初めから光る君など存在しなかったかのようでした。
あのような、熱に浮かされた夜を過ごしたのだから——
わずかでも、共に朝餉を摂ってくださるかもしれない。
少しは、夫婦としての距離が縮まりはしないか。
この長い年月の氷が、ひと欠片でも溶けるのではないか。
光る君に心から優しくできるかもしれない。
そうかすかに胸に灯った葵の上の想いは、光る君が暁前に無言で出立したと聞かされた瞬間、無残にも砕け散るのでした。
胸を締め付ける痛み。
しかし、今まで己が高慢と矜持ゆえに光る君へ向けてきた冷たさを思えば、罰として当然だと、理性の隅では理解できる。
……それでも。
たった一晩。
ほんの一瞬ではあれど、愛されていると錯覚してしまったその幸福は、これまで数年抱え続けた虚無すら凌駕する、深い深い虚しさとなって葵の上の胸を満たしていきました。
気がつけば——
白い頬を伝い落ちる涙が、ひとつ、またひとつ。
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