葵④
「……はっ……」
「やっ……ぁ、だめ……殿……っ……!」
葵の上の抗いの声が震えるたび、光る君の脳裏に浮かぶのは紫の上の姿ばかり。
伏せられた目元。
白瓷の肌に走る薄紅の気配。
唇を甘く噛み、細い喉を震わせるあの息づかい。
口づければ、必ず震えながら身を委ねてきた、小さく愛しい身体の感触。
目を閉じれば、目の前にいるかのように、紫の上の姿は艶やかに、玉のように浮かび上がる。
柔らかく丸みを帯びたふくらみを、愛おしむように唇でそっと包めば、
より一層甘く掠れた声が、耳の奥で鮮やかに蘇ります。
光る君だけが知る秘めたる場所へと熱い掌を添えれば、
触れたそばから火が灯るように、たちまち熱が広がっていったあの記憶。
触れた腰の細さまでもが、まるで紫の上そのもののように錯覚してしまい、掴んで離したくなくなる。
「……あっ……あぁ……っ」
葵の上の体温が上がり、理性よりも先に『身体』が光る君の動きに応えてしまう。
身じろぐ度に、その肢体は汗ばみ、夜露を宿した花のようにしっとりと熱を帯び、
つやめく曲線を闇の中に露わにする。
すべてを、光る君の激しさを、まるごと受け入れ、小さな波に揺らめく姿。
胸元がわずかに上下し、細い指が畳を掴むたび——
光る君の脳裏には、紫の上が夜露を宿した花のように息を震わせていた光景が、いよいよ鮮明に蘇りました。
いつの間にか、目の前の葵の上ではなく、
——光る君の腕の中にいるのは、『紫』の幻。
触れれば震え、抱けば甘くしなる、あの愛しい肢体。
高貴な正妻の肢体に、己の最愛の人の面影を深く濃く重ねるという、取り返しのつかぬ背徳を犯していることを理解しながらも——
光る君は、もはや止まれませんでした。
いつもの、義務と儀式だけの冷えた夜とはまったく違う。
その違いを、葵の上自身も、無意識の奥深くで悟ってしまったのでしょう。
抗おうとするのに、魂の底で本能的な熱が息を吹き返し、
震える指先から力が抜ける。
押し殺した吐息が喉の奥から零れ——
葵の上は、ついに、光る君の熱を拒めなくなったのです。
「んっ……あ……っんん」
熱を孕んだ唇が狩衣越しに触れ、衣擦れの微かな音さえ、
ふたりの呼吸に吸い込まれるように沈んでゆく。
そして——鉄の輪のように、葵の上の華奢な腰を逃さず捕らえた光る君の腕。
その強さは、儀式の夜では決して触れたことのない、
切実な渇望の熱を孕んでいました。
これまで、ただ『正妻としての務め』として抱かれるばかりであった夜。
愛もなく、形ばかりの婚姻の証として重ねられてきた身体。
なのに——今宵の光る君は違っていた。
葵の上の身体を求め、そして、その奥に潜む魂の震えまでも求めている。
その予期せぬ激しさ。
そして未知の快楽。
それは、一瞬、葵の上の胸に——
本物の愛が芽生えたかのような、甘美で、危険な錯覚を、
誇り高き葵の上の心に深く感じさせてしまったのです。
「このままっ……!」
「……っ殿……!」
いつもなら、苦痛を堪えるように握られていた衣の端。
それが今、いつの間にか光る君の首元へ縋るように伸ばされ、逃すまいと、求めるままに絡みつく小さな指。
どれほど誇り高い女であろうとも、追いかけてきた温もりの記憶が一度胸に宿れば、理性など容易く崩れ落ちるもの。
激しく高鳴る鼓動。
重なる体温。
汗ばむ肌の擦れ合う音、かすかに震える吐息。
そのひとつひとつが葵の上にとっては、生まれて初めて味わう魂を揺さぶるほどの快感。
彼女の長年の矜持は、海の底へ沈む砂のように、抵抗もできず落ちていきました。
この夜は——二人の運命を、確かに変えてゆくのです。
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