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【完結】源氏物語溺愛逆行絵巻―紫の上を失った光る君は、もう一度春へ戻る―  作者: 木風
第三帖 賢木

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賢木④

あの晩の、胸を抉るような最期の言葉が、蘇りました。


『……わたくし……強かったでしょうか……?』


孤独のうちに朽ち果てた紫の上の面影と、

今、目の前で震えている幼い姫の姿が重なり、

光る君の魂が深く深く打たれました。


「殿……どうか、この子を……」


尼君は、風のように掠れた声で、かすかに光る君へ手を伸ばしました。

その眼差しは、この世への未練を静かに断ち切った覚悟と、

残してゆく幼子への深い慈愛とが、哀切の色を帯びて揺れておりました。


「この子を……どうか、ただお救いくださいまし……。

わたくしが世を去れば、この子はひとりでは……

生きてゆけませぬ……」


尼君の途切れがちなその声は、薄氷の上に落ちる雫のように、

静かに、けれど抗えぬ重みで光る君の心へ沁み入りました。


光る君は、一瞬、呼吸さえ忘れてしまうほどに言葉を失い、

一度は決心したはずが、逡巡するように言葉を詰まらせます。


——引き取れば、自らの手で再び、あの孤独へ引き戻してしまうのではないか。

——だが、引き取らねば、この子は世の無情に呑まれ、砕かれてしまう。


前の世で、紫の上が生涯抱え続けた深い孤独。

自分が他の女へ心を移すたび、静かに胸を痛め、それでも声には出せず、ただ一人で沈んでいった姿。


本当に、俺などに救えるのか……?

一度救えなかった者に、二度目の資格などあるのか……?


『かつての罪』と『今度こそ救う義務』が、光る君の胸で嵐のように渦巻き、思考を引き裂いてゆきます。


「……しばし、心安らかに……お休みあそばせ。

姫を、この光る君が……心してお預かりいたします」


深く頭を垂れて誓うと、尼君の目尻にほろりと涙が滲み、

薄く、安堵に満ちた笑みがこぼれました。


外では依然として風が荒れ、竹林が激しく揺れています。

しかし、寝所の灯火だけが小さな炎を揺らめかせ、

ほのかな光で紫の上の幼い横顔を照らし出していました。


光る君は、姫の寝具のそばに静かに座り、ただ見守ります。

微睡みについた姫の呼吸は浅く、時折、小さく震え、

不安に怯えるように眉を寄せました。

そのたび、光る君の胸は、きゅうと締めつけられるように痛みました。


——前の世のあなたは、こんなにも幼い頃から、すべてを一人で耐えていたのか。


顔を伏せ、地に額をすりつけそうになるほどの罪悪感が、

じわりと胸を満たしてゆく。

そして同時に、胸の底から込み上げてくる、どうしようもないほどの切実な愛しさ。


触れたい……。

その不安を、この手の温もりで消してやりたい……。

けれど触れてはならぬ。


姫……紫。

俺の愛は、この子にとって救いなのか。

それとも、新たな呪いなのか。


名を呼ぶだけで喉の奥が熱く痺れ、言葉にならない。

幼い寝顔に、亡くなる直前の、やつれた紫の上の面影が重なり、光る君の目尻に悔恨の涙が静かに滲んでゆきます。


やがて夜半を過ぎ、荒れ狂う風はようやく弱まりました。

東の空が淡く白みはじめ、紫の上の肩に落ちた灯火の光が、

新たな朝の気配を告げるように揺れています。


光る君は、その寝顔を、永遠に焼き付けるように見つめ、

ひとつ深く息を吸いました。


……もう、この子から離れることはできない。


兵部卿宮に引き取られた方が、世間的には穏やかで、幸せに育つのかもしれない。

きっと誰かが、この子を正しく愛し、孤独を与えず生涯大切にしてくれる未来もあるだろう。


それでも——。


自分のこの身勝手な愛と、深い贖罪の誓いだけが、

彼女を孤独死の運命から救い出せる唯一の道なのだと、

魂の奥で確信している。


だから俺は——

この子を、独りにはしない。


光る君は静かに立ち上がり、胸の奥に刻みつけるように、

姫の寝具をそっと整えました。


これが、運命を覆す——

最初の、そして最も重い一歩となるのです。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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