雨の日の訪問者①
しとしとと降る春の雨が、川越の石畳をしっとりと濡らしていた。喫茶「雪塚」の窓には雨粒がリズミカルに打ちつけ、店内の静かな空気を際立たせている。
そんな中、白い着物姿の少女——雪が、そっと店の扉を開けた。
「いらっしゃい、雪ちゃん」
カウンターの向こうで、千鶴が微笑む。
雪はテーブル席に座ると、小さくため息をついた。
「この間のミステリーイベント、本当に参加したかったんです……」
「でも来なかったよな。どうしたんだ?」
悠真が問いかける。
「……この季節、花粉症がひどくて。外に出たくないんです」
雪の言葉に、悠真と千鶴は顔を見合わせる。
(……狐?にも、花粉症ってあるんだなぁ)
お互い、同じことを考えていた。
「薬は飲まないのか?」
「私、体質的に合わなくて……」
雪は鼻をズビズビと言わせると、ティッシュを取り出して鼻をかんだ。
「それなら、ご利益のあるところでお祈りするとか? 例えば蓮馨寺のおびんずる様とか——」
悠真がそう言いかけた瞬間、雪がピシャリと制した。
「あのですね、神頼みで解決することと、しないことがあるんですよ?」
(お前が言うかー!?)
悠真と千鶴は、心の中でツッコミを入れた。
「そもそも、日本の山がこんなことになったのは、人間がスギを植えすぎたせいなんです! 昔はもっと多様な森だったのに……!」
雪はぶつぶつと文句を言いながら、ついには熱弁を振るい始めた。
「だから私は、この季節は雨の日しか外出しないことに決めたんです!」
荒ぶる雪に、悠真は「こいつにも悩みがあるんだなぁ…」と意外に思った。
そのとき——。
店の扉が、からん、と小さく鈴を鳴らして開いた。
細身の美しい女性が、しっとりと濡れた傘を手に立っている。
「いらっしゃいませ」
千鶴が声をかけると、女性は店内を見渡し、小さく微笑んだ。
「雪。やっと見つけたわ」
「……お母さん!」
雪が驚いたように立ち上がる。
「えっ!? 雪のお母さん!?」
悠真と千鶴は、揃って目を丸くした。
(だって、雪って……いや、実在するのか、お母さん!?)
雨音だけが、静かに店内に響いていた。




