霧を吹く井戸④
喫茶「雪塚」の空気が少しピリついていた。
藤木がコーヒーを飲みながら、ゆったりと話し出す。
「冗談はさておき。実は今日、千鶴さんに相談があってね」
「相談?」悠真が眉をひそめる。
藤木はニヤリと笑い、スーツの内ポケットから資料を取り出した。
「喫茶『雪塚』を改装して、もっと観光客を呼び込むようにしませんか?」
「ええっ!?」悠真が驚く。
千鶴も目を丸くしたが、表情はまんざらでもない。
「確かに、最近観光客向けのお店が増えてるしね……」
「そう、だからこのお店もリニューアルすれば、もっと賑わうと思うんですよ」
藤木は準備していたプランを机に広げる。店の外観を江戸風にアレンジし、メニューには和スイーツを追加。さらには観光客向けの限定グッズ販売まで考えているらしい。
「しかも、銀行からの借入の件も、すでに話をつけておきました」
「えっ、そこまで!?」
千鶴は目を輝かせるが――
「待てい!!」
奥のテーブルから、老人が立ち上がった。
「お主、そうやって何でも発展発展と言うがな、ワシは川越の歴史と伝統を意識した街づくりを進めたいんじゃ!」
藤木は苦笑する。
「相変わらずですね、会長。街の発展のためなら手段は選ばないのが私の主義ですから」
…藤木と千鶴の親しげな雰囲気がなんとなく気に入らない。悠真は鼻をスンと鳴らす。
(何だよ、千鶴、楽しそうにしちゃって……)
老人も腕を組み、藤木に対して不満げな表情を浮かべる。
(何じゃ、ワシの好きな店を勝手に変えようとして……)
悠真と老人は、ゆっくりと視線を交わした。
そして、悟る。
(……同志よ。)
気がつけば、悠真と老人の心は一つになっていた。
千鶴が藤木の提案を前向きに検討し始める中、悠真と老人は密かに決意する。
「喫茶『雪塚』を守る!!!」
……こうして、川越の片隅で静かな攻防戦が幕を開けるのであった。




