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16.うるさっ

 真っ黒な髪と瞳、巫女装束に似た衣装の人物は、無表情で私の横を通り抜け、祠の前に立つ。そして壊れ物を扱うかのような手つきで扉を開け、中に入っていった。私たちも続いて中に入ると、その人物は井戸の前で棒立ちしている。一体何をするつもりなんだろう。固唾を呑んで見守っていると、その人は唐突に膝をつき、地面に丸まった。

「え?」

『あれはDO・GEZAというどこかの国の儀式でする格好なのだ、我知ってる』

 眷属賢い~とふよふよ漂っているナールは置いておいて、その人物は土下座のポーズのまま声をあげた。

「っうわぁあああああん! また失敗しちゃったよおおおぉぉ!」

「うるさっ」

 おいおいと大声で泣くと言う予想の斜め下を行く行動をとった。ナールは「儀式が始まったのだ」と言っている。泣き叫んでいるせいで聞き取りにくいが、どうやら「また失敗した」「なんで成功しないの」「嫌だ」「逃げたい」「助けて」と言っていた。多分だけれどその人は女性だ。声が高い。その女性の手や顔にはいくつもの傷が付いている。額や指先に擦り傷やかさぶたが数えきれないほどあった。

『む。フォンテ様、ここはディーンと書かれていたのであったな』

「え、はい。そうですね」

 思い出したのだ。ナールは言った。

『ここは辺境の村ディーン。水を祀る村なのだ』

「水を祀る……」

 辺境の村ではあるが変わった村なので書物に記録が残されているやも似れぬ、とナールは土下座している彼女を楽しそうに見ている。そんなに土下座が面白いのか。まあ、情報は帰って探そう。この人は泣き止む気配がないので放置。泣いている人を宥めるのは面倒だし、私の仕事ではない。ナールに帰ろうと促すと、「もうちょっとDO・GEZAを見たい」と言ったので置いて帰ることにした。元精霊の興味対象って分からない。


 辺境の村ディーン。その村の祠には水神が住むと言われている。彼らは5年に一度祭りを催し、水神から加護を得るという。その祭りで見られる「水舞」は辺境の村だと言うのに見物客が絶えないほど有名。

 分かった情報はこれだけなのだが、とりあえず祠には誰も住んでないし、私は水神というか泉の女神だ。そこの井戸限定の女神だし、加護を渡すこともできない。祝福なら出来るけど、あれって加護じゃないよね。いつその祭りがあるのか知らないが、彼女が巫女のような服装をしていたところを考えると、その祭りで「水舞」でもする巫女なんじゃないだろうか。何かが上手くいかなくてあそこで「また失敗した」と泣いていた。あり得る。

『フォンテ様~ただいまなのだ~』

「おかえりなさい」

 呑気に帰ってきたナールが「一緒に温泉に行こう」と声をかけてくる。ちなみに私が温泉に浸かる時は服のまま浸かる……と言いたいところだが、どういうわけか、部屋の風呂は「お湯」として認識できるのに雪山の温泉は「お湯」として認識できず、水面を歩くか底を歩くか部屋に戻ってきてしまう。「なんでナールだけ? 優遇され過ぎでは?」と尋ねたところ、どうやらお湯に浸かっているわけではないらしい。じゃあなんで温泉が気に入っているんだ、と聞くとジリャオの葉――温泉に放り込んだ植物――が好きだということと、穴の開いたところに入るのが面白いとのことだった。やっぱり元精霊の興味対象って分からない。そんな2人――2柱で温泉に行ってどうする。雰囲気だけ楽しめと言うことか。

『お風呂は神界で楽しむのだ』

「神界……?」

『うむ。フォンテ様はフォンテ様の部屋でお風呂に入れば良い』

 あの部屋って神界だったんだ……。

『それにあそこにはヴァッサーがたまに顔を出すのであろう。居たら捕まえれば良いのだ』

 そうか、水の精霊ならディーンの村について知っていることがあるかもしれない。私は本をテーブルの上に置き、温泉へ向かった。

 残念ながら温泉に水の精霊の姿はない。じゃあまだお預けかな~とジリャオの葉を追加でお湯に投げる。ナールが水面に落ちていくそれらを見ながら、こういう時こそ使えるのだ、と言った。

『フォンテ様、水の精霊は今日この温泉に来るか?』

 ――あっ。私は的中の能力を思い出した。すぐさま「水の精霊が今日温泉に来るか」と心の中で復唱すると、答えが頭に浮かんでくる。

「いいえ」

『うむ。ならば今回は温泉だけ楽しむのだ』

 ナールはすい~っと火の玉の状態で水面を滑りだした。一瞬「じゃあどうしよう」と考えた私だったが、そうだったと納得する。きっと今はまだ「その時」じゃないんだ。焦ったり、気にしたりしなくても大丈夫。

 肩の力を抜いて、温泉の縁に腰掛ける。足湯のような状態だが、私の足が濡れることは一切ない。よし、深呼吸。私もナールのようにマイペースで行こう。焦っても水の精霊が来るわけでも、ディーンについての情報が得られるわけでもない。他のことを考えよう。最近は確か、イディナロークに温泉のことを教えたはずだ。もしかしたらイディナロークもその内来るかもしれない。その時はナールに会わせよう。他には何がしたいだろう。会ってないのはエレフだけど、むこうが会いたい感じだったらでいいかな。夢で接触することもできるけど、特に用事はないし。そう言えば、エレフが手紙で「僕をモデルにした王子が女神様に恋をするという内容の物語がある」と言っていた気がする。もしかしてあれも書物に記録の分類なのかな? 微妙にどんなものか気になるけど……王子が女神に恋をするって書いてあったから、そんなのむず痒くて読めないだろうな。

『フォンテ様。水の精霊の件は我が承ろうか?』

「え?」

『フォンテ様の手足となるが我が使命。水の精霊にディーンのことを聞くくらい我にもできる故、フォンテ様は神気を養うのに専念するのだ』

 そう、か。今までは私だけだったから自分が動いていたけれど、ナールに任せられることは任せればいいんだ。えっ、教育係である上にそこまでやってくれるの……有能……好き……でも神気を養ってるんじゃなくて本とお風呂とお茶とお菓子以外娯楽がないからなの。

「ナール……ありがとうございます。貴方にお任せします」

『うむ、承ったのだ』

 得意げに窓の付近で円を描いているナール。心なしか炎がいつもより輝いて見える。かわいい眷属は愛でていきたい。ナールは火の玉だけど、私が触っても大丈夫だろうか。撫でることは出来ないのかと手を伸ばすと、ナールは動きを止める。球状になっているあたりに触れると、温度はないが何かモヤモヤした何かを感じる。この感覚、水が噴き出ているところを触った感じに似ている。触れるんだ。掌で軽くさすると、ナールは「フォンテ様? これは何を?」と尋ねてくる。「撫でる」ことについて教えると、「褒められたということだな!」とより一層早い動きで回り始めた。炎もやや大きくなった。犬だ。




 そういうわけで水の精霊のことはナールに任せた。ナールはよく温泉に遊びに行っているし、水の精霊がどんなものなのか知っているので見逃すことはないだろう。

 私はかなり久しぶりに底部屋に行き、それぞれの水底に何か落ちていないか確認することにした。森の泉は相変わらずフェアリーサークルが美しく広がっている。ゴミはなさそうだ。オアシスは……あれ? 剣が落ちている。エレフが使っていたような湾曲した剣ではなく、刃が真っ直ぐだ。いつ誰が落としたんだろう、気付かなかった。まあ、オアシスは森の泉と違って落とし物を届けたことがないからいいか。回収しておこう。鞘がないので危ない。剣を取ってみると、重さは感じなかった。近くで見ると刃がこぼれている箇所があるが、捨てたにしては汚れていない。持ち手の部分に名前やイニシャルが彫ってある……ということもない。うーん、なんだか気になる。一応、捨てずにとっておこう。また後で「忘れ物置場」みたいな棚をリビングに作ろう。ひとまずは危なくないようにリビングの壁の隅に寝かせて置いておく。次はカルム湧水洞。恐らくアルトゥリアスがいるであろう水底には、白くて大きな楕円の皿のようなものが落ちていた。きれい。もしかして、鱗かな。アルトゥリアスの鱗。要するにドラゴンの鱗だ。何かに使えそうじゃないかな。どこも欠けてないきれいな状態だし、使えるかどうかナールに聞いてみようかな。温泉は、鳥の羽が落ちていた。鳥が簡単に入るような場所じゃないと思うんだけど、入りに来たのかな? 細長いひし形みたいな形をしているし、ちょっと面白い。これも取って置く。

 井戸の中は真っ暗だった。でも水が枯れている感じはしないので、多分大丈夫だろう。井戸には蓋がされていたから暗いのかな。森の泉は天井から光が差し込むし、オアシスも同様。温泉は明るくも暗くもない。森の泉とオアシスが昼の屋外なら温泉は日が差さない室内かな。ふむ。ナールが戻ってくるまで寝よ。

 体を横たわらせてからしばらく、ナールが帰宅した。

『クリュスタロスは体が大きくて不便なのだ』

「クリュスタロス?」

『先ほど温泉に浸かりに来た怪鳥なのだ』

 怪鳥。鳥。拾った羽を差し出すとナールは「これはクリュスタロスの羽なのだ。無理矢理入ったから羽が抜けたのだ」と言った。その怪鳥は珍しいのかと聞いてみたが、雪山に生息する大きな鳥形魔物らしい。特別珍しくもないが、人間からすると狩るのは難しいらしい。頭が賢い上に体が大きいので罠にかかりにくく、直接戦っても力で吹っ飛ばされるとか。と言っても、羽が何かに使えるわけでもないし肉も旨くないらしいので狩るメリットが少ない。じゃあいいか。剣は「その剣が何か?」という反応だった。

 それならこれは知っているか、とアルトゥリアスの鱗を見せると少し興味を持ったようだった。

『これはクエレブレの鱗。なかなか珍しいのだ』

 クエレブレ――アルトゥリアスのドラゴンの種類らしい。クエレブレは凶暴な性格が多いので、ここまできれいな状態で手に入るのはなかなかないらしい。どんなことに使えるのかと聞いてみたら「それは知らぬのだ」と打ち返された。我々には人間の知識が足りていない。

 ちなみに妖精の恵みを見せた時は「さすがフォンテ様、魔力を帯びた器をお持ちで」と言われたので、凄いのは瓶だった。もっと言うなら瓶を出したクローゼットだ。魔力がこの世界にあるのかと驚いたら、人は一生扱えないもので、要するに魔物や妖精、精霊の持つ人ならざる力の総称だった。なので人の武器は物理的な物しかなく、魔物の――例えばシャナの水球は魔力で浮いているし、フェアリーサークルも風の妖精たちの魔力から作られたものだ。ドラゴンのブレスもそれに当たる。そしてもちろん、神が扱うのは神力。この世界の人間ってハードモードだなぁ。魔法使いはいないから回復は薬草とか薬だし、遭遇した魔物がいつ火を吐いてもいいように消化する手段を持っておかないとダメだし……しんどいな。大荷物じゃないか。気軽な気持ちで魔物に会おうものならば……ちょっとだけ人間に優しくしてあげたくなる。あ、なら森の泉って相当貴重なものだ。知れ渡って心無い人に汚されなければいいんだけど……もし汚すような輩が現れたら、お仕置きが必要になるなぁ。オアシスだって魔法の効果はないけど休憩場所のない砂漠にはかなり重要なのでは。温泉は秘境の温泉ってことで。

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