マユは一所懸命に働いています♪
結婚の儀まで2ヶ月と数日。ベッラ母娘の襲来から一週間後のこと。
マユとプランタジネット王たちは、城の上階から町の広場を見下ろしている。青いタイル石を敷き詰められた広場の中心には偉大なる天空神ユーピテルの白い大理石像が鎮座し、像の周りでは噴水の水が勢いよく踊っている。広場は仕事を求めてやってきた群衆でいっぱいだ。ところどころで色鮮やかな旗がそよ風に揺れている。
集まっている群衆を見てマユは息をのむ。
「すごい人数ですね……。全員が結婚の儀や披露宴で働きたい人ですか?」
王は群衆を見ながら機嫌良くうなずく。
「他国の王族同士の結婚は極めて珍しい慶事だ。ぜひとも参加したいと思う民が多いのだろう。今は猟や畑で忙しい時期だが、村の者たちが協力しあって都合をつけて村の代表を送り込んでいるのだ」そう言うと王は、さりげなくマユの腰に逞しい腕をまわした。
背の高いアレックスは、かがんで麗しい顔をマユの肩に乗せ旗を指差す。
「ほらマユ、見てください。あの旗はマユの発案の旗ですよ。緋色は式典の警備の仕事、萌黄色は料理人、浅葱色は庭園整備、桜色は侍女の目印です。他にも色々な旗を掲げています。今までは職種に関係なく人を集めてできる仕事や希望する仕事を聞き取って割り振りしていましたが、あの旗のおかげですみやかに希望する仕事の面接に臨むことができます。その上リレキショを持参していますから、聞き取り時間も少なくてすむ。今日の集団面接はマユのおかげでスムーズに進むでしょう」
小さなノエルがマユの腰に抱きつく。
「マユのばいきんぐ料理もたのしみだね! ボク、まちきれないよ!」
オスカーは顔を赤くして、おそるおそる後ろからそっとマユの頭を撫でている。色々とアイデアを出したマユへ、彼なりの感謝の意を示しているらしい。
美麗な4人から愛でられていたマユは、はっと我に返ると大声を出して全員を蹴散らした。
「もう! 勝手にさわらないでください!!」
マユが王たちを蹴散らしている頃、求人募集を見て集まった群衆は広場で押し合いへし合いしていた。その中で質素だがこざっぱりしたドレスを着た小柄な少女が、前進しようと悪戦苦闘している。人に揉まれてオレンジ色の髪の毛がクシャクシャになった少女は、侍女を意味する桜色の旗に近づこうと噴水の横でオタオタしていた。人込みに埋もれて進んでいると、前からやってきた大柄な男の太鼓腹が彼女を突き飛ばした。
「あっ!」
よろめいた少女が噴水へ倒れ込みそうになったとき、人垣のすき間から力強い腕が伸びて倒れかけた彼女の腰を支えた。
「大丈夫かい?」
彼女の間近で美しい緑色の目が見つめている。距離が近すぎて彼の身体から漂ってくる若草のようなさわやかな香りが鼻をくすぐった。少女の鼓動が一気に速くなる。
「あ、ありがとうございます……」
緑色の瞳に見とれたまま赤く上気した顔で少女は礼を言った。
「君……。子どもに見えるけど、仕事探しに来たの? それとも保護者とはぐれた?」
「なっ……!? あたし15歳だよ! ちゃんとした大人だよ!」
それを聞いた彼が優しく笑うと、一緒に緑色の髪の毛も揺れた。
「ふふふ。ごめんね。15歳なら立派なレディだ。君の名前は?」
「サラ……。サラ・マリエ・ウォールデン……です」
「ウォールデン? 男爵家の? もしかして君、男爵令嬢なの?」
「いちおう……。でも八人兄妹の五女だけど……」
「どうして付き添いも連れずに歩いているの? 男爵令嬢が仕事探しって……?」
「うちはしがない貧乏貴族だから……。ボヤボヤしてると嫁にやられちゃうんだ……です。だから自分で稼ごうと思って……」
「あはは! ボヤボヤしてると嫁にやられちゃうんだ! 貴族様もタイヘンだね!」
「笑わないで! あなたは?」
男は森を思わせる美しい緑色の目を細めて微笑んだ。
「僕はエンゾ」
「エンゾは何の仕事を探しにきたの?」
エンゾは笑いながら、サラのすぐ目の前で緑色の髪の毛と瞳を指差す。
「僕は緑の髪と目だけじゃなく、緑色の親指を持ってるんだよ」
「緑色の親指……。それなら庭師?」
「そうだよ。城の庭園の庭師になりたいんだ。サラは?」
「あたしはお城で侍女になりたいと思って……」
「それならお城で会えるといいね」
エンゾはサラのオレンジの瞳をのぞきこみながら言い、サラは自分の鼓動がさらに早くなるのを感じた。
「……そうだね!」
「ねぇ、サラ」
「ななな、なに!?」
エンゾはサラの腰を抱きかかえたまま、白い歯を見せてニッコリ笑った。
「もうそろそろ自分で立ってもらえるかな? この姿勢、けっこう腰にくるんだ。ww」
結婚の儀まで2カ月をきった。マユのアイデアのおかげで集団就職面接は異例の速さで終わり、これまたマユの発案で職種ごとに大規模な研修会が開かれ準備は着々と進んでいる。そんなある日、彼女は城の広い厨房でコックたちと一緒に、大きな薪オーブンの前に立っていた。
高い天井と壁を真っ白な漆喰で塗られた明るくて広々とした厨房の壁には、磨きあげられれた銅の鍋やフライパンが光を放ちながら所せましと並んでいる。漆喰と同じように真っ白なコック帽をかぶりシェフコートを着た二十人のシェフたちが、ワクワクした顔で薪オーブンを取り囲んでいた。彼らの周りに、えもいわれぬ甘い香りが漂ってくる。うっとりとした表情で深呼吸を繰り返す者もいれば、美味しい香りを味わうかのようにモグモグと口を動かして目を細めている者がいる。
「もうそろそろだと思うんですけど……」
砂時計を見ながらマユがうなずくと、筋骨隆々としたシェフが颯爽と進み出てオーブンの蓋を開けた。彼はミトンをはめた手で熱々の陶製カップが並んだ重い天板を引き出すと、得意そうな顔で大理石の調理台へ軽々と移動させた。マユが慎重な手付きでカップの中身をスプーンで押して、ちゃんと固まっているか確認していると、ノエルが飛び跳ねながら厨房へ駈け込んできた。
「マユ、さがしてたんだよ! おとうさまがマユに会わせたい人がいるって!」
ノエルはマユに抱きつくと鼻をクンクンさせた。
「いいにおいね! みんな、なにしてるの?」
「披露宴に出すデザートを試作してたの」
「ボク、たべてみたいな!」
「まだ熱いから気をつけてね」
ノエルはマユから渡された陶製のカップの中身を、おそるおそる銀のスプーンですくって見つめる。二十人のシェフたちは小さなノエルを取り囲んで興味津々で見守っている。
「クリーム……じゃないよね。クリームよりかたいかんじ。この黒いのは? コショウかしら?」
「バニラ・ビーンズよ」
「ふぅ~ん……。いただきます」
ノエルは可愛らしい口を開けて、パクリと一口食べた。途端に目がまん丸になる。
「っっっ!? おいしい!!」
よほど気に入ったようで、つぎつぎとスプーンですくって夢中で食べる。
「あれ!? 茶色いところがあるよ!? こげちゃったのかな?」
「それはカラメル。いっしょに食べてみて」
ノエルは不思議そうな顔で口へ入れる。
「おいしい! いっしょにたべると、ずっとおいしくなるのね!! マユ、これはなんていうデザートなの!?」
「プリンよ♪」
ノエルのようすを見て、コックたちも続々とスプーンを口へ運ぶ。
「いやはや! なんともトロリとして!」
「まるでお日さまを食べてるようです!」
「このカラメルの苦みが甘さを引き立てて!」
「絶妙な味わいです!」
「夢の味だ!」
マユは一同の反応を見て満足そうに微笑む。
「気に入ってもらえて良かったです。こちらの世界には卵もバニラ・ビーンズも砂糖もあるのに、プリンがないとはビックリです」
「こんなにおいしいの、はじめてたべたよ! ボク、プリンってだいすき!」
ニコニコ顔のノエルを見ていたマユは質問した。
「そういえばノエル、私に会わせたい人って?」
「わすれてた! マユ、ボクといっしょにきて!」
ノエルは小さな手を差しだすと、マユと手をつないで王の執務室へ案内した。




