少年と少女は、王と女王になった
それから四十年後……。
「ロレンツォ王、カベー王国よりベッラ・マリー女王がお見えになりました」
臣下の声でロレンツォは白昼夢からさめた。かつて茶色だった髪の毛は年を重ねて美しい銀髪になっていた。王は頭を振って、毒蛇に噛まれた跡のある手でこめかみを押さえる。
「お疲れでございますか?」年老いた臣下は心配そうだ。
「大丈夫だよ、ありがとう。若い頃ほど無理ができなくなっただけだ」
「そうは言ってもまだまだお若い!」臣下は王の豊かな銀髪を見ながら、自分の頭をツルリと撫であげる。
「昔は茶色だったのだが」王はいま初めて気づいたように自分の銀髪を見た。
「王はまだまだお若いですし、ベッラ・マリー女王は相変わらずのお美しさです! 十年ぶりにお見かけしましたが、まるで年を取るのを忘れたかのようです! とても三王女の母には見えません!」
王はどっしりとした椅子から立ち上がった。
「それでは美しい幼馴染みに拝謁するとしよう」
華々しいシャンデリアや真っ白な壁に描かれた精緻な漆喰の文様、重厚な金で宝飾を施された豪奢な謁見の間で、ベッラ・マリー女王は静かに頭を垂れている。ロレンツォ王の統べるアカルディ王国の権力を示すように貴重な鏡が壁のあちこちに配され、あらゆる角度から美しい女王を映しだしている。女王の訪問に歓迎の意を表して彼女の御印であるラナンキュラスの花が随所に活けられ、煌びやかな謁見の間はまるで花園のような様相を挺している。女王は豪華絢爛な部屋のようすに気づいたようすもなく磨き抜かれた大理石の床を見つめていた。緋色のドレスが女王の真っ白な肌を引き立てている。赤みを帯びた艶やかな金髪は高く結い上げられ細いうなじが露わになっている。鳩の血より赤いルビーのイヤリングとネックレスが妖艶な光を放つ。ロレンツォ王が王専用の出入り口から入室しても女王は美しいたたずまいで頭を下げたままだ。王は玉座に座らず素通りすると段を下りて、うつむいている女王の前に立った。
「ベッラ、久しぶりです。最後にお会いしたのは十年も前になりますね」
呼びかけられたベッラは頭を下げたまま片膝を折って優雅にお辞儀をした。
「ロレンツォ王におかれましてはご機嫌麗しく何よりでございます。この度は王の五十歳のお誕生祝いに、我がカベー王国よりお祝いの品々を持参致しました」
王は苦笑いをする。
「ベッラ、他人行儀はやめてください。それに公式な訪問の後は拙の内向きの書斎へご案内するよう言っておいたのに、お断りになられたそうで……」
「あくまでも我がカベー王国から、アカルディ王へお祝いを述べる公式な訪問でございますから」
「拙の誕生祝いというのは表向きの理由で、男爵夫妻……ご両親の墓参りが目的でしょう? お二人が亡くなられてから十年経ちますね」
うつむいていたベッラがパッと顔を上げた。平素は蝋のように白い頬が今は紅く染まっている。堅く結んだ薄い唇と切れ長な眼は冷たい表情を見せていたが、ロレンツォと目が合うと大輪のラナンキュラスを思わせる華麗な笑顔を見せた。
「お父様とお母様の墓に花を供えてくださっていたのは、ロレンツォお兄様だったの!? 忘れ去られて荒れ果てていると思っていたのに、お兄さまがずっと手入れをしてくださっていたのね!」




