BW-0325事象<開腹処置>※2-2
何事かと首をかしげるカローナを手で制し、アンタレスが立ち上がった。そのままストームを引きずるように、奥のスペースへと進んでいく。
「おいおい、もしかして怒ってるのか? しかしあんたもお堅いふりして、結構女の扱いが巧いんだな。どうだ、任務が終わったら俺とナンパ祭りにでも繰り出さないか?」
「……要件はなんだ? さっさと言え」
カローラの態度が軟化し、信頼を築こうとした矢先の横やり、ストームの軽口に怒りを覚えつつ、冷めた視線で彼を見つめる。そんなアンタレスを前に詫びる様子もなく、ストームがため息を吐いた。
「折角地下で助けてやったていうのに、釣れないねぇ。まぁいい。じゃあ言うが、別動隊との合流は無しになった。補給は輸送ヘリからの空中投下で」
そこまで言いかけてアンタレスがストームの胸倉を掴み、勢いよく壁に押し付けた。
「おい、今度はなんのつもりだ? お前はとことん俺たちを追い詰めたいのか? 別動隊には補給だけじゃない、ボアとカローラさんを預けるはずだっただろうが!」
「く、苦し。落ち着けって。今回の件は、流石に俺は噛んじゃいない。足手まといのお守りはこれ以上御免だし、地下で助けた子猫ちゃん、カローラっていうのか? 彼女だって、危険な目に合わせたくはないさ」
憎悪に燃えるアンタレスが手の力を緩める。解放されたストームがせき込みながら襟元を正し、困ったなと言いたげに両手を掲げる。
「つまり、お前の独断ではないということか」
「お上の指示だよ。どうやらこの極秘作戦の存在が外部に漏れたらしくてな。派手に動くことができなくなったらしい」
「どういうことだ? 敵ならあの迎賓館で殲滅したはずだ。まだ生き残りがいるのか?」
「違う違う。漏れたって言っても敵にじゃない。いや、ある意味敵か。テロリストよりも厄介な連中さ。あんたもよく知ってるはずだぜ」
「はぐらかすな。言ってみろ」
アンタレスがもったいぶるストームを睨みつける。その様を愉快気に見つめながらストームが笑い、表情が消えた。
「アメリカ中央情報局、CIA。あんたの古巣だったところさ」
「何、だと……」
動揺がアンタレスの全身を駆け巡る。何故今になって、その名前が出てくるのか?
「理由は説明するまでもないよな? 国防省とCIAの対立は今でも続いてる。予算の奪い合い、軍事作戦の主導権争い、国内外の工作での衝突。隙あらば相手を追い落とすことを考えている、どうしようもない小競り合いさ。その片割れが極秘作戦、しかも人体の改造を必要とする最新型アヴィスーツを運用している。ラングレーが倫理問題を盾に糾弾すれば、こっちはただじゃすまないだろうな」
「……確かに。当人たちの同意の上とはいえ、人体に負担を強いるパーツの移植は人道的に問題はある。だがそれだけで」
戸惑いながらもアンタレスが疑問を投げかける。それをストームが言葉で遮った。
「もちろんそれだけじゃない。この作戦にあんたが参加していることも、連中にとっては都合がいいのさ」
「どういう意味だ?」
「分からないか? 一年前、ラングレーでのウイルステロ。職員たちはほぼ死滅し、生き残ったのはシェルターに押し込まれた重要参考人のじいさんとその孫娘のみ。記録ではそうなってる。だが蓋を開けてみればその二人は消息不明、かわりに死んだと思われていたエージェントがひとり、表舞台に出てきた。それがあんただってことは時間をかけて調べりゃ分かることだ」
「…………」
「何でそうなったのか? 俺にも全く分からない。だがそれは向こうも同じはずだ。何しろ当時本部にいた連中は、上層部もろとも消えちまった。事情を知るあんたの身柄は何としてでも拘束したい。あんたが蘇った秘密も知りたいだろうしな。これであんたの価値の高さは、更に証明されたようなもんだ」
突き付けられた現実から逃れるように、アンタレスの記憶がフラッシュバックする。CIA本部がVウイルスで汚染され、同時に現れた無人機動兵器群によって殲滅された。立ち込める紫の霧。その中を漂う無数のカメラアイ。手に持ったハンドガンのマズルフラッシュがむなしく瞬き、全身に銃弾の雨を浴びた。
薄れゆく意識、生命が尽きる直前、近づいてきた人影が自身に何かを注射した。その瞬間、アンタレスの体に女神が宿り、仮死状態の後に再誕した。
「事情は分かった。時間が差し迫ってることもな。もし連中が来たら、俺が奴らに対処する。そうなったらお前たちは本国に戻れ。俺とボア抜きでハルマゲドンの相手は無謀だし、これまでの戦闘データがあれば上も納得するはずだ。ラングレーの横やりで、貴重な収穫まで台無しにしたくはないだろうからな」
「流石、よく分かってらっしゃる。だがこれはあんただけの問題じゃない。俺たちも連中に目をつけられた可能性がある。……あんたのせいでね」
「っ! 何故?」
「そりゃあ、そうだろ。俺たちはこの作戦であんたと行動を共にしていた。何かしらの情報を握ってると連中は判断するだろうさ。だとしたら何が何でもそれを教えてもらおうとするだろうな。孤立無援のこの状況だったら、手を出すのはたやすい。懐柔で済めばいいが、拉致監禁、拷問、薬漬け、洗脳、よりどりみどり。まったく、面倒なことこのうえない。そうだよな?」
ストームの浮かべる酷薄な笑みに、アンタレスは反論できなかった。己が掲げる正義のために、ありとあらゆる手段を尽くす。表沙汰にならない暗い影の中で、アンタレスはそれを嫌というほど垣間見てきた。
「俺やヴァイパーだけだったら、まだどうにかなったかもしれない。だが今の俺たちの傍には彼女が、カローラちゃんがいる。折角の可愛い顔も、奴らの慰み者にされると思うと哀れでならないな」
「待て。彼女は関係ない。ただテロリストのアジトの地下で」
「筋違いだな。そんなこと、誰が証明できる? あんただって彼女を疑ってるんだろ? だから腹の内を探るために口説くような真似をした。あんたも元CIAなんだ。今更イイ子ちゃんぶるのはよそうぜ? どう取り繕おうと、あんた一人のために俺たち全員がヤバい立場に置かれたのは変わらないんだからな。ん?」
また自分のせいで誰かが傷つく。その事実にアンタレスは恐怖した。目の前のストームがあの夢の有象無象の影と重なる。あの憎悪に満ちた囁きが、狡猾な策略家の声と混じり合う。苦悶の表情でアンタレスが言葉を絞り出す。
「……ならどうすればいいんだ、俺は?」
「心配しなさんな。別にあんたの秘密を無理に聞こうってんじゃない。こうなった以上、これは俺たち全員で対処しなきゃならない問題だ。一刻も早くハルマゲドンを討伐し、俺たち自身の価値を高める。キメラボディを使いこなしたとなれば、データだけじゃなく俺たちの身体にも値打ちが出てくる。それを餌に渡りをつけて、ペンタゴンに身柄を確保させる」
「できるのか? それだけで連中が納得するとは思えない。最悪、ラングレーの奴らと同じことをするかもしれない」
「そこは俺の腕の見せ所だな。ペンタゴンに属してる分、すぐに始末されないように手を回すことはできるし、作戦の存在やデータを横流しすると脅せばちょっとは時間を稼げる。あんたの会社に頼るのもアリだな。社長はかなりのやり手らしいし、あんたが口添えすればどうにかなるだろ。協力、してくれるよな? 俺はともかく、ヴァイパーやボア、ましてやカローラちゃんを見捨てるような真似、あんたにはできるはずないんだからな」
そう言って、ストームはわざとらしく口角をつり上げる。アンタレスの優しさ、仲間というアキレス腱に刃を当て、行動の主導権を完全に掌握した。
「ま、話はそれだけかな。俺はドライブの続きと洒落込むとするよ。サンタさんのプレゼントを取り損ねても困るしな」
アンタレスは何も言えない。ただ黙ってストームを見送る。
そのすれ違いざま、悪魔が耳元で囁いた。
俺と手を組むって話、前向きに考えておいてくれよな。……これ以上、誰も殺したくなかったら。




