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話せば話すほど分かりません。


わたしは急いで首を振った。

「やめてちょうだい。わたし、なにが正しいかとか、そんなこと考えたこともないわ。」

わたしは夫のように、将来に対するビジョンがあるわけではない。

それに、こうしたいという思いもなければ、行動を起こす気力もない。

変化は怖いし、できればなにも起こってほしくないと思っている。

そんなわたしが、夫の行動の指針になっていいわけがない。


「大げさに考えなくてもいいんだ。そのままの心で、望んでくれたらいい。ほら、簡単なことさ。子どもに名を継がせたくないなら、そう言ってくれればいい。直轄領の式典に出たくないなら、そう言ってくれれば、それだけでいいんだ。」

ぎくり、と身体が強張った。

夫は、わたしの内心の見抜いていた。

どちらも、わたしが心の底で望んでいて、不可能だと諦めていることだ。


「でも、それでも、それを叶える代償があるんではないの?」

そうだ。

わたしが心配しているのは、それなのだ。


いくら夫がわたしの望みを叶えるとは言っても、それを実現するために他のことを犠牲にしていたら意味がない。

しかも、なにを捨てるのかわたしが納得しているならともかく、この夫が、行動のいちいちにわたしに了解をとるとは思えない。


夫は夫で外の世界で活躍してもらって、わたしはわたしで自分の目に届く範囲内で折り合いをつけながら細々とやっていくのが性に合っていると思う。

わたしの小部屋をぐちゃぐちゃに汚して「望みを叶えたよ!」と言われても困るのだ。

それを夫は、分かっているのかいないのか‥‥。


「代償は、僕が引き受けるよ。」


ほら、やはり分かっていない。

夫だって、もはやわたしの一部なのだ。

勝手に犠牲になるのは許せない。


「あなたの師のように、信念のために命をかけようっていうわけ?」

つんとあごを上げて言うと、夫は破顔した。

「きみはいつも真実を突く。そう。必要なら、僕は師に倣うだろう。」


「いい加減にしてちょうだい!よくそんなことが言えるわね!」

怒りで身体が震える。


「たとえ望みが叶ったとして、あなたが犠牲になるんなら、ぜんぜん意味がないわ!」

「違う、犠牲になるんじゃない。できることをするだけだ。」

「違う、違うわよ!」

わたしの言葉には、相手の心を変える力がなかった。

なにを言っていいか分からずに、ただただシーツを握りしめた。


「やるべきことが分かっているなら、やるしかない。師が処刑されたときも、領地を継いだときも、そうしてきた。」

「あなたには、なにが見えているっていうの?わたしには、なにも見えないわ。どうしていいのか分からない。あなたはなにも言わないけど、知ってるのよ。この屋敷が何度も襲撃を受けているって。偵察に出た人が、何人か亡くなっているって。」

夫も幼馴染もわたしにはなにも言わないが、漏れ聞こえる会話から推測することができた。


「あなたは、なにをしようとしているの?」

「きみや子供が、安心して暮らせる世界を。」

夫がそっとまぶたを伏せた。

その表情は、とても穏やかで、なにかを心に決めているように見えた。


その安心して暮らせる世界に、あなたはいるの?




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