媚薬を盛ります。
悪魔の誘惑、と呼ばれる食べ物が最近巷で流行っている。
媚薬として用いられるそれは、外国からもたらされたもので、取り扱う店はあれど、娘が買い求めるのははしたないとされている。
最近、使用人の女性で艶やかになったものがいたので気になってはいたのだ。
なんだか機嫌もいいし、いつもより足取りが弾んでいる。
恋でもしたのかな、でも、結婚していたはず。
そんなことを考えていたら、その答えは彼女たちの会話の中にあった。
こそこそと廊下の端で話しているからなにかと思えば、使用人同士でこっそりと親指サイズのものを受け渡ししていた。
「それななに?」
使用人の女性は、ぱっとこちらを向いて、手に持っていたものを背に隠した。
「なにを隠したの?」ときくと、彼女たちは観念して、おずおずと手を差し出した。
その手に載っているのは、茶色い塊だった。
「媚薬でございます。」
「それって、最近できたお店の?」
そのお店は若い娘が買いに行くのは、はしたないとされている。
みんなこそこそと買いに行かせているらしい。
しかし、健康と美容にいいからと言って友人の侯爵夫人は毎日食べているようだ。
「はい、最近とんと夫婦の営みが遠ざかっていたので、お恥ずかしいですが、うちのに食べさせてみたんです。」
「それで?」
わたしは身を乗り出した。
「効果バツグンです。」
最近、わたしには気になっていることがある。
夫が抱いてくれないのだ。
一緒にベッドに入っているし、仲良くして途中までは触れてくれるのだが、いつも最後まですることなく眠ってしまう。
「それ、譲ってくれない?」
問題は、どうやって食べてもらうか、だ。
そのまま差し出せば、その意味があからさますぎて恥ずかしい。
でも、ごまかして食べさせようにも、どうすればいいのか。
そうこうしているうちに夕食が終わり、あとは寝るばかり。
「どうしたんだ?ベッドの横に立ったままで。」
夫が寝室にやってきてしまった。
手に持っていたものを、さりげなく背後に隠す。
夫はわたしをそっと抱きしめて「それはなんだ?」とわたしの手を彼の手で包んだ。
「えっと、なにかしら‥‥よく分からないわ。もらったの。」
「誰に?」
「その、使用人の女性よ。食べ物らしいの。食べてみない?」
「‥‥やめておくよ。」
夫はすっと身体を引いて、ベッドへ行ってしまった。
わたしは立ったままで、手の中のものを見つめた。
「もらったものなんて食べるんじゃない。おいで。」
そう言われたが、動くことができなかった。
ドキドキしていた気持ちが、ずっしりと重くなった。
衝動的に口に運ぼうとすると「やめろ!」と強く制止された。
目を丸くして夫を見ると、夫はベッドを飛び出して、わたしの手を叩いてその食べ物を床に落とした。
「毒かもしれない。」
「毒なわけないじゃない!わたしがそんなことっ」
「違う。きみのことを疑ってるわけじゃない。知らないのか?チョコレートは味をごまかすことができるから、毒がよく仕込まれているんだ。」
「っ!でも、ほんとに使用人に譲ってもらったのよ?」
「そうだとしても、気をつけて。‥‥譲ってもらった?」
夫がニヤリと笑ってわたしを見た。
わたしは口が滑ったことに気が付いて、両手で口をおさえた。
「そうか、僕の奥様は、僕に媚薬を盛ろうとしたわけだ。」
「だって、だって‥‥。」
なにか言い訳しなければ、と思うのに、頭に血がのぼって言葉が出てこない。
夫は媚薬をごみ入れに捨てると、わたしをベッドに促した。
二人でベッドに入ると、夫がわたしの髪をなでてくれた。
「気になっていたんだね。気付かなくてすまない。」
「いえ、いいえ‥‥そんな‥‥。」
夫は少し考えて、口を開いた。
「月経、最近きていないよね?」
一瞬、なにを言われたのか分からなかった。
「‥‥え?あ、えぇ。そういえば、そうかしら。」
「子どもができてるんじゃないかと思うんだ。」
わたしの時が止まった。
子ども?
「子ども‥‥。」
「あぁ。子ども。」




