護衛が付きました。
「あなた?」
夜、目が覚めると、頬杖をつき身体を横にした夫が、わたしの髪をなでていた。
最近、よくこういうことがある。
昼間も、夫はふとなにか考え込み、わたしが視線を向けるとごまかすようにほほえむのだ。
「眠っていてくれ。」
「‥‥なにかあったの?」
わたしはされるがままに髪をなでられながら、気持ちよさに目を細める。
「ちょっとね。」
「言って。じゃないと不安になるわ。」
静かな空間に、二人の声がそっと空気を揺らす。
「これまでのことと、これからのことを。」
「これまでのことと‥‥これからのこと‥‥。わたしたちの?」
「そう、僕たちの。」
わたしは身体を横に向けて、夫と向き合った。
「なんかこわいわね、そんなに考え込むようなことがあったかしら?」
冗談めかして笑うと、夫もふっと笑い「もう寝よう。」と瞳を閉じた。
人を呼んである、と言われ応接間で待っていると、入ってきたのは、あの父の侍従だった。
彼はわたしの前に来ると、靴をカッと打ち鳴らして両足をそろえ、胸を張った。
「今日からよろしくお願いします、お嬢様。」
「はぁ?」
思わず眉間にしわが寄った。
彼の後ろから入ってきた夫を見ると、なんとなくつまらなそうな顔をしていた。
「どういうことですか?」
「彼は機転も利くし、腕も立つ。きみも気兼ねすることがないし、護衛としてはちょうどいい。」
夫は肩をすくめてそう答えた。
「護衛だなんて‥‥。どうして急に。」
わたしは戸惑って、視線を夫と父の従者の間で行ったり来たりさせた。
「前々から付けようとは思っていたんだ。適任者がいなかっただけで。」
「さて、僕はこれから行くところがある。早速、今から護衛の仕事に当たってくれ。」
そう言って、夫は部屋を出て行ってしまった。
「彼がなにを考えているのか、さっぱり分からないわ。あなたたち、いつの間に分かり合ったの?」
夫がいなくなった途端、彼は肩から力を抜いた。
「なんにも分かり合っちゃいませんよ。ただ、伯爵がお父上のところに急に来て、俺を貸してくれって指名してきたんです。俺も聞きたいですね。これって伯爵の罠ですか?」
二人を接近させて泳がせてから、浮気の現場を押さえようと?
「夫婦仲は円満よ。」
「あぁ、それは結構ですね。」
男はどうでもよさそうに片眉をひょいと上げた。
「まぁでも、実際、俺以上の護衛はいませんよ。例の自称後継者、かなり勢力を拡大してますからね。お嬢様の身が危ないのは本当です。」
わたしと母の立場は微妙なものだ。
後継者として立とうとする者からしたら、邪魔で仕方ないだろう。
わたしたちがいなくなれば、後継者の正当性の順位は繰り上がる。
一方、利用すれば、自らの地位をより磐石にすることができる。
例えば、誘拐して婚姻を結ぶ、とか。
その場合は、母よりも、子を産む確率の高いわたしのほうが、より危険は大きい。




