母は貴婦人の鏡です。
「無事でよかったわ。」
母がたおやかな腕を広げて、わたしを抱きしめた。
「お母様のおかげです。ありがとうございます。」
この日、母がわたしの屋敷を訪れていた。
王宮近くの屋敷へ移ってからは、かなり気が楽になっている。
ちょうど領地の屋敷から、必要なものだけをこちらに移し終えたところだ。
夫はまだ手配をすることがあるらしく領地とこちらを行ったり来たりしている。
夫が領地にいる使用人たちも連れてきてしまうかと心配したが、そうはしなかった。
領地の使用人は一切こちらに連れて来なかったのだ。
こちらの屋敷にいるのは中年の使用人ばかりで、さらにほぼ男性なので、浮気の心配もなく心穏やかに過ごせている。
夫がまたぞろ悪い癖を出し、若く美しい少女を雇わない限り、安心して過ごせる。
母を部屋に案内し、席をすすめた。
「紅茶がおいしいわ。ありがとう。」
母が控えていた使用人ににっこりと微笑んだ。
すると、母と同じくらいの年齢の使用人は、頬を赤らめて礼をする。
母は貴婦人の鏡だ。
父はこの母を見ているため、わたしに対して点が辛いのだと思う。
「ここはもうけっこうよ。」
と言って、使用人に下がってもらった。
2人きりになったところで、気になっていたことを質問した。
「お父様の件は、どうなったのでしょうか?」
母は紅茶のカップを置いた。
「お父様は、あなたが彼を説得するために屋敷を飛び出し、それを成し遂げたと理解されているわ。さすが、わたくしの娘だわ。」
それに、と父の侍従が無事であることも教えてくれた。
父の説得は、この母の協力なくしては成し遂げられなかった。
わたしが父に面会した後に口添えをしてくれただけでなく、実は面会の際の言い回しや話題の選択など、細かいところまで指導してくれていたのだ。
さらに、わたしがいなくなった後も、わたしが荒らしていった関係を調整をし、すべてうまくおさめてくれた。
母は控えめで儚げな印象の女性なのだが、いつの間にか人の懐に入り、一言添えるだけで、いつの間にか状況を一変させていることがよくある。
娘のわたしから見ると、父よりおそろしい人である。




