言葉を尽くしても逆効果です。
引き渡しまでの時間稼ぎができたことで、わたしはまんまと父の屋敷を抜け出すことができた。
父の侍従は置いて、一人で目的の場所を目指す。
これから向かうところへは、彼は連れていかないほうがいい。
そのほうが、成功確率が上がる。
王宮近くに所有する屋敷へと行き、夫が出仕していて不在なのを確認し、素早く中に入った。
まずは、わたしの部屋で着替える。
持ってきた中で一番華やかなドレスに着替えたが、すぐにこれでは駄目だと気がついた。
重装備をしては、夫の攻撃性を刺激する。
わたしは白の、さらさらとした肌触りのワンピースに着替えた。
身体のラインに沿って流れるそのワンピースは、清楚で、かつ洗練されたデザインだ。
髪型は作り込まず、両サイドの髪をねじっていき、後ろでまとめる。それ以外の髪は、そのまま背に垂らす。
夫の寝室へと移動した。
ここからどうするかは考えていない。
ソファに腰掛けて、すぐに立った。
窓際まで歩き、意味もなくカーテンのレースに触れる。
ベッドに行き、その縁に腰掛ける。
しばらく足を揺らしていたが、ぴたりと止めて、ぽふ、と背後に倒れ込んだ。
夫は今夜、ここへ帰ってくるだろうか。
外の女のところへ泊まるかもしれない。
それに、この寝室に他の女を連れ込んだら、大変なことになる。
ねじってまとめた髪をほどき、布団に潜り込んだ。
服を脱ぎ、ポイポイとベッドの外に放る。
裸になってベッドにいると、少し心が落ち着いてきた。
素肌に触れる、ひんやりとしたシーツが気持ちいい。
いつの間にか眠っていたようだ。
背に温かい感触がある。
腕が背後から回って、わたしの身体に巻付いている。
むき出しの肌同士が触れ合っている。
ここからが正念場だ。
自分の命と、幼馴染の命がかかっている。
もぞ、と寝返りをうって、夫と向かい合わせになった。
夫は目を開いて、こちらを見ていた。
わたしはそっと夫に顔を近づけて、キスをせがんだ。
夫はなかなか動かなかったが、やがて顔を近づけてくれた。
そっと触れてから、舌を差し出す。
深い口付けをし、唇を離す。
夫の手がわたしのあごを強く掴んだ。
親指と4本の指でぐっと両ほほの窪みを押さえつけている。
痛い。
わたしは抵抗せず、じっとしていた。
「彼はどうしたんだ?」
「あの男は、父の侍従なので、父のところにいます。父の命令を受けて、わたしを連れに来ていたんです。」
頬を掴まれてうまくしゃべれないが、ゆったりと迷いなく話す。
「ずいぶん生意気なことを言っていたな。」
夫は、じっと、こちらを見つめている。
それを、わたしは真っ直ぐに見つめ返した。
「わたしのナニーの息子です。本当に、身の程を知らない男で。」
「あいつに抱かれたか?」
夫が皮肉げににやりと笑った。
わたしは、つられて笑ったりしないように気を引き締めながら、表情を変えずに「いいえ。わたしは、あなただけです。」と告げた。
大きなリアクションや、詳しい説明などはせず、シンプルに答えだけを返す。
「違う」「信じて欲しい」「浮気したのはわたしじゃなくてあなた」とあらん限りの言葉を使って理解させたいのを、ぐっと我慢する。
言葉を尽くしたところで、亀裂を深めるだけ。
彼に対抗しようとしない、ひたすら従順で、頼りない姿を見せた。
「女は嘘をつくときに、目をじっと見つめるという。」
「きっと、こうしてじっと見つめると、相手も見つめ返してくれるからでしょうね。」
そう言って、ふっとほほ笑んで見せた。
「笑顔の使いどころが分かっているようだね。」
夫がわたしのあごから手を離し、その代わり、頬をそっと撫でた。
「あなた、愛してください。」
夫の素肌の胸に、両手を置いた。
「欲求不満なのかな。脱げと言われていないのに自分から裸になって、慎みというものはないのか。」
夫の罵り言葉は、力がなかった。
優しさが滲み始めている。
「素のままのわたしを、見ていただきたくて。」
恥じらうように、目を伏せた。
「簡単に許すと思うな。」
そう言いながら、夫の手はしっとりとわたしを慰めた。




