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タラシは口が上手いです。




「待たせたわね。」

深いフードを外して、森で待っていた男に声をかけた。


わたしは、こっそりと屋敷を抜け出してきていた。

不在をごまかすのは、侯爵夫人から預かった若者に任せている。

機転はきくので、うまいことやるだろう。

むしろ、こういうときのために、あえて送られてきたのかもしれない。


男は切り株に座っていたのだが、腰を上げて目の前に立ち、礼をとった。

今さら礼など必要ないのに。

父上のところにいる、顔馴染みの侍従なのだ。

幼い頃はわたしの遊び相手だった。


「お元気そうで安心しましたよ。」

本気でそう思っているらしい顔に、なにをそんなに心配したのかと首を傾げた。

夫は抜け目ない男なので、浮気問題がよそまで流れることはあるまい。


「お父上がカンカンになってましたが、どうしてお嬢様は、再三の手紙を無視するんで?」

今回、使用人にこっそり手紙を託したということは、この男も分かっているはずだ。

わたしは父からの手紙を受け取っていない。


普段、わたしへの手紙は、すべて封が開けられた状態で届けられる。

封を開けるのは執事の仕事の一つなので、あまり気にしていなかったが、その際に手紙が間引きされているのだろう。


侯爵夫人から、宮廷の現状を聞いたときから、不審に思っていたのだ。

王家に忠実な父が、黙っているはずがない。

なんらかの連絡があってもおかしくないのに、と。


さらに、手紙だけでなく、面会に訪れた者もいたらしい。

父のところの侍従は、なんというか、力で解決するものが多い。

散々追い返され、父も考えたのか。

目の前の男が選ばれたのだ。

この男は、見た目も華やかだし、口が上手い。

うまく使用人に取り入ったのだろう。


どう言いくるめたのかは分からないが、わたしにこっそりと手紙を届けた使用人は「応援しています!」と、目をキラキラさせていた。

どんな悲恋話をでっちあげたのやら。

きっと逢い引きだと誤解されている。


「当たりです。お嬢様のとこの使用人が町に出入りしてるって聞いたもんで、待ち伏せさせてもらいました。執事はなかなか堅いようですが、女の子はチョロいですね。」


採用基準は顔ですか、と嫌味まで言う始末。

こいつしかいなかったとはいえ、もう少しマシな奴が良かった。


どうせ、使用人を口説く最中に、この屋敷の内情も聞いたのだろう。

夫に浮気され放題だなんて、知られたくなかったのに。


「それで、父さまはなにを伝えようとしていたの?」


「今すぐ帰省せよ、と。」


思わず固まった。


「ちなみに、伯爵が陛下の元へ伺候すれば、お嬢様をお戻しするつもりだそうですよ。」


「呆れたわ。」


父さまは誤解されている。

わたしでは人質にならない。


「どうしましょうか。このまま、お父上のところへ帰りますか?」


「あなたはどう思う?」


「お父上の思惑は別として、一旦帰るという選択肢もありだと思いますがね。お母上は、お嬢様の身を心配されていますよ。この機を逃したら、次はいつ抜け出せるか。」


足元に視線を落とすわたしの顔を覗き込んで、男は言った。


「俺を含めて、みんな伯爵のことを認めていません。まるでかっさらうようにして、だまし討ちでお嬢様を奪っていったんですから。」


この男が頑なにわたしのことをお嬢様と呼ぶ理由もそこにある。

父や母が気付いたときには、わたしたちの結婚話は引き返せないところまで進んでいた。


「まして、今のお嬢様の状況なら、なおさらです。伯爵の屋敷は、さぞ居づらかったでしょうに。よく頑張りましたね。」


タラシだ。

そう茶化してみたものの、目頭が熱くなるのをごまかすことができなかった。




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