夜の書斎は開かずの間です。
屋敷の中には、開かずの間がある。
正しくは、わたしにとっての開かずの間。
夫の書斎である。
結婚したばかりの頃、使用人たちがやけに「夜のお茶のお運び」を気にしているなと思った。
ときには、その係を回している執事に、直接当番について訴える様子も目にした。
その係は、夜、書斎にいる夫にお茶を運ぶという単純な作業だ。
しかしそれは、夫の寵を争う女の舞台だったのだ。
確かめたくて、夜に夫の書斎に行こうとしたことがある。
すると、やんわりと執事に止められる。
「なにかご用件がありましたら、わたくしからだんな様にお伝えさせていただきます。」
なにか、わたしが書斎に行ったら不都合があるのか問えば、
「とんでもございません。しかし、こんな夜中に奥様が部屋をお出になられるなど。そんなことをせずとも、わたくしをお使いくださいませ。」
夜中に部屋から出ることは、はしたないことだ。
高貴な女性は自分で動かずに、使用人を使う。
そういった教育を受けてきたわたしは、強く言うことができなかった。
むっつりと黙ったわたしに、執事はしわの刻まれた顔で苦笑した。
まるで困ったお嬢さんを相手にするような、そんな顔だ。
翌朝、部屋に来た使用人の女に「今日の夜のお茶のお運びは誰なのかしら?」と質問した。
使用人の女は、わたしの顔色をうかがいながら、こわごわと答えた。
その日、ひそひそと他の使用人と話すその少女の姿を見かけた。
「奥様に」「質問されて」「気付かれ」という単語が聞こえた。
それから数日後のこと。
夜、ベッドに横になったものの、どうしても眠れず、こっそり部屋を抜け出した。
キッチンで水を飲もうとして、あえて書斎のほうへ向かった。
途中、誰にも会わずに廊下を進むことができた。
書斎の扉のすき間から、廊下へ光が漏れている。
そっと扉に近近付くと、パンパンと肌がぶつかる音と、女の細く高い喘ぎ声が聞こえた。
時折、がたっ、がたっ、と机だか椅子だかのたてる音もする。
そっとその場を離れ、キッチンへは行かずに自室に戻った。




